ハウンスハイム
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| 紋章 | 地図 (郡の位置) |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | バイエルン州 |
| 行政管区: | シュヴァーベン行政管区 |
| 郡: | ディリンゲン・アン・デア・ドナウ郡 |
| 市町村連合体: | グンデルフィンゲン・アン・デア・ドナウ行政共同体 |
| 緯度経度: | 北緯48度35分58秒 東経10度22分28秒 / 北緯48.59944度 東経10.37444度座標: 北緯48度35分58秒 東経10度22分28秒 / 北緯48.59944度 東経10.37444度 |
| 標高: | 海抜 445 m |
| 面積: | 17.81 km2 |
| 人口: |
1,642人(2023年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 92 人/km2 |
| 郵便番号: | 89437 |
| 市外局番: | 09072, 09077 |
| ナンバープレート: | DLG, WER |
| 自治体コード: |
09 7 73 137 |
| 行政庁舎の住所: | Professor-Bamann-Str. 22 89423 Gundelfingen a.d.Donau |
| ウェブサイト: | haunsheim.de |
| 首長: | クリストフ・メッテル (Christoph Mettel) |
| 郡内の位置 | |
| 地図 | |
![]() | |
ハウンスハイム (ドイツ語: Haunsheim、シュヴァーベン語: Hausa) は、ドイツ連邦共和国バイエルン州シュヴァーベン行政管区のディリンゲン・アン・デア・ドナウ郡に属す町村(以下、本稿では便宜上「町」と記載する)である。
この町は、シュヴェービシェ・アルプの東の支脈の1つであるバッハタールの入口に位置している。南には広いドナウ平野につながる谷が開けている。
この自治体は、3つのゲマインデタイル(村落、集落、開墾地などの小地区)からなる[2][3]。
- ハウンスハイム
- ウンターベヒンゲン
- アルプホーフ
この町は、ハウンスハイムとウンターベヒンゲンの2つのゲマルクング(合併前の旧自治体にあたる地区)に分けられる。
境を接する自治体は、メトリンゲン、グンデルフィンゲン・アン・デア・ドナウ、ラウインゲン (ドナウ)、ヴィッティスリンゲン、ツィールトハイム、バッハハーゲルである。
歴史
古代
ハウンスハイム周辺には、歴史的に興味深い数多くの考古学的遺跡が点在している。これには、17基の先史時代の墳丘墓、2基の方形城砦、中世初期の環状土塁 1基が含まれる[4]。
領邦史
ハウンスハイムは16世紀から17世紀にはシュヴァーベンの帝国騎士領であった。帝国収税長官 (Reichspfennigmeister) ツァハリアス・ガイツコフラーが1600年にハウンスハイムを購入し、それ以後ハウンスハイムとライフェネクでガイツコフラーを名乗るようになった。彼は領主として、1603年にハウンスハイムに福音主義ルター派の信仰を導入し、現在に至るまで絶えることなく信仰されている。
ハウンスハイムの領主権は、ツァハリアス・ガイツコフラーの孫の婚姻により1666年にラックニッツ男爵家に移った。1806年のライン同盟規約によりこの町はバイエルン王国領となった。バイエルンの行政改革に伴う1818年の自治体令によって現在の自治体が形成された。
1823年、すでに隣接する福音主義の町ベヒンゲンを購入していたアウクスブルクのジュスキント男爵ヨハン・ゴットリープがハウンハイム城とそれに付随する土地を獲得し、自分の好みに合わせてネオゴシック様式に改築した。これを1849年に娘のホルツ男爵夫人アマリーが相続した。現在この城は、ハウフ男爵家の所有となっている。
町村合併
住民
人口推移
| 年 | 1961 | 1970 | 1987 | 1991 | 1995 | 2000 | 2005 | 2010 | 2015 | 2020 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 人口(人)[6] | 1433 | 1492 | 1482 | 1576 | 1602 | 1594 | 1611 | 1564 | 1591 | 1605 |
この町の人口は、1988年から2018年までの間に1502人から1592人へ、90人、約 6 % 増加した。
行政
この町は、グンデルフィンゲン・アン・デア・ドナウ行政共同体に加盟している。
首長
2014年5月からクリストフ・メッテル (CSU) が町長を務めている。メッテルは2020年3月15日の選挙で 82.2 % の支持票を獲得して、さらに6年の任期を得た[7]。
議会
ハウンスハイムの町議会は12議席の議員と第1町長からなる[8][9]。
紋章
図柄: 黒地。緑の土地に、2本の赤い尖塔型の屋根を戴く胸壁付きの塔にはさまれた。赤い屋根の銀の楼門。その上に金色の風見の旗が取り付けられている。閉ざされた金色の門の前に跳ねる黒いヤギ[10]。
解説: 楼門は、1601年から1604年にかけて領主が建設したハウンスハイム城を表している。ヤギ (Geißbock) はガイツコフラー家 (Geizkofler) の紋章で、その家名をもじったものである。「Geiz」の部分と「Geiß」が韻を踏んでいる。"SIGILLVM COMMVNITATIS IN HAVNSHEIM"(「HAVNSHEIMの公印」)という銘文が入った1655年の印影が遺されている。
この紋章は1605年から用いられている。
文化と見どころ
- ハウンスハイムの福音主義三位一体教会。この教会は1606年から1609年にかけてルネサンス様式で建設された。この教会は、ヨーゼフ・ハインツがエリアス・ホルと協力して王宮の厳格な古典的建築様式に合わせて建設された。また、1878年に建設され、最近修復されたオルガンも特筆に値する。これはウルムのオルガン職人ハインリヒ・コンラート・ブランマンの作品である。
- ハウンスハイムの墓地。計画的に整列された墓地である。それぞれの墓には伝統にしたがって彩色(黒、白、緑)された木製の十字架が建てられている。これは天国における万人の絶対的な同等性を象徴的に表現している。
- ハウンスハイム城。ハウフ男爵家の所有。定期的にコンサート会場として用いられる。
- 町の中心部にある16世紀の古い鍛冶屋。オリジナルに忠実に修復されている。
- 修復された穀物庫(シュヴェーディシュ・コラシュターデル)。様々なイベントに用いられている。
- 牧師館。17世紀に建設された。
- 三位一体教会
- 三位一体教会のオルガン
- ハウンスハイム墓地
- ハウンスハイムの鍛冶屋
- 牧師館
