ハロルド・コール(Harold Cole, 1906年1月24日 - 1946年1月8日)は、イギリス出身の軍人。ハリー・コール(Harry Cole)、ポール・コール(Paul Cole)の名でも知られる。第二次世界大戦中、イギリス軍人としてフレンチ・レジスタンス(フランス語版)の援護に従事していたが、後にナチス・ドイツ側へと寝返った。彼の行動は連合国軍に少なからぬ損害を与えたとされ[1]、「大戦における最悪の裏切り者」(the worst traitor of the war)とも称された[2]。終戦後、彼を逮捕しようと駆けつけたフランス側官憲に抵抗し、射殺された。
イギリス陸軍と抵抗運動
1906年、東ロンドンの貧民街にて生を受ける。10代の頃には強盗、横領、手形詐欺などの軽犯罪を重ねており、第二次世界大戦勃発までに何度かイギリス国内の刑務所に収監された。1939年9月、刑期短縮を受け釈放された後、過去の犯罪歴を隠してイギリス陸軍に入隊した(認識番号1877989RE)。兵科は工兵(英語版)で、配属先は第4歩兵師団(英語版)第18野戦兵站中隊(18th Field Park Company)だった。1939年末、イギリス海外派遣軍の一員としてフランスに派遣され、ロワゾン=ス=ランス(フランス語版)に駐屯する。フランス勤務中には軍曹(Sergeant)へと昇進している。1940年5月、下士官食堂から金品を盗んだため営倉に入れられる。そのため、フランス降伏の際に撤退から取り残されてしまい、コールは進駐してきたドイツ軍の捕虜となった。
↑ Adamson,Iain(1966).The Great Detective; A Life of Deputy Commander Reginald Spooner of Scotland Yard.London:Frederick Muller Ltd..pp.287pp
↑ Neave,Airey(2004)[1969].Saturday at MI9: A history of underground escape lines in North-West Europe in 1940–45.Pen & Sword Books Ltd..ISBN1-84415-038-0
↑ Wake, Nancy. The White Mouse. Pan Macmillan Press, Australia. 1994. (page 50). (ISBN0-330-35605-4)