ハーロア
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ハーロアの誕生
パパとワーケアは沢山の子供を産み、その中に娘ホオホクカラニ(Hoʻohokukalani)がいた。ワーケアは美しく育ったホオホクカラニと結んで最初の息子ハーロア(Hāloa)を身ごもらせたが、ハーロアは死産になった。その亡骸を大地に葬ったところ、そこからタロイモが生えて、これはハワイ人の主食として大切にされてきた。[2]
ワーケアはまたホオホクカラニと結んで、今度は息子が無事誕生して、これもハーロアと名付けられて、これがハワイ人の祖先である。
ハーロア・チャント
こうしたハワイ諸島、ハワイ人の誕生物語は長い間口承で伝えられてきたが、19世紀前半にハワイ語の文字が作られて、ハワイ王朝年代記『クムリポ』も書き物として記録されていた。しばらくして公開され、英語訳も作られた。
『クリムリポ』の冒頭部分はやはり「ハーロア」という名称でチャントにして歌われている[3]。
| HĀLOA | ハーロア |
|---|---|
|
ʻO Wākea noho lā Papahānaumoku |
ワーケアはパパハナウモクと結んで |
このチャントはひとりでも朗誦され、グループでリーダー(Alakaʻi)と参加者(Hui)の間でも交読されることもある[4]。