バス規制緩和 (英国)
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1980年代前半には、イギリスのバス網の大半が国営のナショナル・バス・カンパニーをはじめとする公営企業によって運行されており、厳しい規制により競争の発生余地は存在しなかった。
サッチャー政権はバス産業についての白書を公開し、その結果として1985年運輸法が制定された。この法律は1986年10月26日に施行され、イングランド、スコットランド、ウェールズでバス規制緩和が行われた。なお、ロンドンについては1985年運輸法の対象外であり、1989年4月に分割の上、1994年から1995年にかけて民営化された[1]。
1985年運輸法では、路線毎の運行認可を撤廃し、バスの運行資格を持つ事業者は実施日の56日以上前に運輸委員に届け出るだけでバス路線の新設・廃止・変更をすることが可能になった。これにより、1930年代以来初めてバスに競争が導入された。
規制緩和が行われてすぐに、既存の事業者はその収益率の最も高い路線に新規事業者や他地域の既存事業者が参入し、競争にさらされた。公営事業者も収益増のため他地域のバス事業に参入し、また、参入された側は多くの場合競合事業者の本拠地に展開し巻き返しを図った。競争の主な手段として、運賃の値下げや増便などが行われた。
1985年運輸法では国営のナショナル・バス・カンパニーの民営化も規定された。同社は70社に分割したうえで売却され、その最初の例はナショナル・コーチ・ホリデーズのシアリングスへの売却であった[2]。マネジメント・バイアウトが行われた会社も多く、うち24社はESOPを導入した[3]。しかし、これらはしばらくするとアリーヴァ、ファースト、ゴー・アヘッド、ナショナル・エクスプレス、ステージコーチ・グループなどの交通事業者によって買収された。
公営のバス事業に関しては、民営化は強制されなかったものの自治体から独立して運営する(アームズ・レンス)ことが求められた。