バリケード
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歴史
革命など、市民が戦闘行為をする場合には正規の工兵がいないため、防衛策としてはありあわせのものでバリケードを築くことになる。近代フランスにおける革命家のルイ・オーギュスト・ブランキの著した『武装蜂起教範』は、パリで武装蜂起した革命派のバリケード形成についての古典的マニュアル本でもあった。なお、ナポレオン3世の治世下で行われたパリ改造は、こうしたバリケード構築に適した狭く入り組んだ路地を下層住民ごと排除し、軍隊の移動と大砲の使用を容易にするという治安上の目的とも絡んでいた[1]。
日本においては、鳥羽・伏見の戦いにおいて、「酒樽台場」と呼ばれるバリケードが築かれている。これは、造り酒屋から徴用した酒樽を用いた野戦陣地と考えられている。1970年の安保闘争前後の全共闘による学生運動では盛んに利用され、東京大学、京都大学をはじめ主要な国立大学や、早稲田大学、明治大学、法政大学、中央大学、同志社大学、立命館大学などの主要な私立大学は軒並み、全学バリケード封鎖状態になっていた。

