バロックダンス

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「朝日」に扮したルイ14世のコスチューム・デザイン。リュリ作曲『王の夜のバレ』(1653年)の最終アントレから

バロックダンス英語Baroque dance, フランス語Danse baroque)とは、ヨーロッパバロック時代(おおまかに1600年から1750年)のダンスのことで、バロック音楽演劇オペラと密接な関係を持つ。

この時代の振付で現在まで残っているものの多くはイングリッシュ・カントリーダンスEnglish Country Dance)で、たとえばジョン・プレイフォードの『ダンシング・マスター』の多くの版の中にある。プレイフォードの本にはダンスのフロア・パターンだけ書かれていて、ステップの指示は書かれていない。しかし、フランスのダンス・マスター、ラウール=オージェ・フイエやロランが書いたような、この時代の他の文献は、少なくともこの時代のステップに使われた単純な歩き方より複雑なステップが指示されている。

イングリッシュ・カントリーダンスはバロック時代を超えてよく生き残って、最終的にヨーロッパおよびその植民地、そしてあらゆる社会階級に、様々な形で広がった。(詳細はEnglish Country Danceを参照)

フレンチ・ノーブル・スタイル

クーラントのバールのための記譜(「ボーシャン=フイエ記譜法」)

17世紀のダンスの革新はルイ14世のフランス宮廷で起こり、そこにクラシカル・バレエ(Classical ballet)のスタイルの明らかな原型を見つけることができる。社交の場でも、宮廷バレエや一般の劇場で演じられたシアトリカルダンスでも、同じ基本テクニックが使われた。このダンスのスタイルを現代の研究家たちは一般に「フレンチ・ノーブル・スタイルFrench noble style)」またはフランス語で「ベル・ダンスbelle danse)」(美しいダンス、の意)と呼んでいるが、バロック時代には他にもシアトリカルダンス、社交ダンスが存在したるにもかかわらず、くだけて「バロックダンス」として言及されることが多い。

主要な文献の中には、「ボーシャン=フイエ記譜法」(Beauchamp-Feuillet notation[1][2]の300以上の振付の他にも、フランスのものではラウール=オージェ・フイエやピエール・ラモー(Pierre Rameau)の入門書、イングランドのものではKellom Tomlinsonやジョン・ウィーバー(John Weaver)の入門書、ドイツのものではゴットフリート・タウベルトの入門書がある。これらから現代の研究家やダンサーはバロックダンスのスタイルを再現することができたが、まだまだ論争は絶えない。その中でもスタンダードな入門書とされるのはウェンディ・ヒルトンのものである[3]

フランスのダンス・タイプには以下のようなものがある。

イングランドはこれに自分たちのスタイル「ホーンパイプ」を加えている。

これらのダンスのタイプはクラシック音楽でより知られていて、とくに有名なものは、J・S・バッハの様式化された組曲であろう[4]。しかし、バッハの組曲の中のアルマンドは同時代のフランスのダンス形式とは一致していない。

シアトリカルダンス

フレンチ・ノーブル・スタイルは、社交の場でも、プロのダンサーたちによるオペラ=バレや宮廷での娯楽のような劇場上演でも踊られた。しかし、18世紀のシトリカルダンスは少なくとも2つの異なるスタイルを持っていた。「コミック」あるいは「グロテスク」と、「セミ・シリアス」である[5][6]

他の社交ダンスのスタイル

現代の復元

脚注

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