パウリーニョ・ダ・コスタ
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パウリーニョ・ダ・コスタ[1](Paulinho da Costa、本名:Paulo Roberto da Costa、1948年5月31日 - )は、ブラジル、リオデジャネイロ出身のパーカッショニスト。アメリカに移ってからは、西海岸カリフォルニア州ロサンゼルスを中心に活動している。
ブラジル、リオデジャネイロ市出身。[2]1972年にダ・コスタはロサンゼルスに移り、1973年から1976年までセルヒオ・メンデスと共演した。彼はディジー・ガレスピーを通じてノーマン・グランツに紹介され、グランツのレーベルであるパブロ・レコードと契約した。ダ・コスタはグランツおよびパブロ・レコードとの関係により、アメリカで永住権を取得することが可能となった。ダ・コスタはパブロ・レコードから3枚のソロアルバムを録音している。
ロサンゼルス滞在中、彼は他のアーティストとも共演し、有名になった。彼がロサンゼルスで最初に録音したアルバムは、ミラクルズ[3]とのものだった。彼は1975年に彼らのチャート1位を獲得した曲「ラヴ・マシーン」に参加した。ダ・コスタはエラ・フィッツジェラルドと共に、『エラ・アブラサ・ジョビン』の共同プロデュースを務めました。また、ディジー・ガレスピー、ジョー・パス、ミルト・ジャクソンとも幅広く仕事をした。さらに、ダ・コスタは様々なジャンルに挑戦し、テイスト・オブ・ハニー[4]、アリーヤ、アース・ウィンド・アンド・ファイア、ドナ・サマー、タヴァレス、マイケル・ジャクソン、マドンナ、ロッド・スチュワート、ライオネル・リッチー、グロリア・ゲイナーほかのアーティストと共にレコーディングを行った。様々な分野で活動し、大量の共演、演奏数を誇った。
ディスコグラフィ
アルバム
- 『アゴーラ』 - Agora (1977年、Pablo)
- 『コルコヴァード』 - Tudo Bem! (1978年、Pablo) ※with ジョー・パス
- 『ハッピー・ピープル』 - Happy People (1979年、Pablo)
- Paulinho da Costa (1984年、Globo)
- 『サマー・シルエット』 - Sunrise (1984年、Pablo) ※日本では「L.A.ザ・セッション」名義
- 『ブレイクダウン』 - Breakdown (1991年、A&M)