パコ・ソレール
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| 名前 | ||||||||||||||
| 本名 |
フランシスコ・マヌエル・ソレール・アテンシア Francisco Manuel Soler Atencia | |||||||||||||
| 愛称 | Chichi (チチ) | |||||||||||||
| ラテン文字 | Paco Soler | |||||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1970年3月5日(55歳) | |||||||||||||
| 出身地 | パルマ | |||||||||||||
| 身長 | 169cm | |||||||||||||
| 体重 | 70kg | |||||||||||||
| 選手情報 | ||||||||||||||
| ポジション | MF | |||||||||||||
| 利き足 | 右足 | |||||||||||||
| ユース | ||||||||||||||
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| クラブ1 | ||||||||||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||||||||||
| 1988-1991 |
| 69 | (9) | |||||||||||
| 1991-2004 |
| 339 | (19) | |||||||||||
| 通算 | 408 | (28) | ||||||||||||
| 代表歴 | ||||||||||||||
| 1991-1992 |
| 11 | (1) | |||||||||||
| 監督歴 | ||||||||||||||
| 2007 |
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| 2009-2010 |
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| 2013 |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||||||||||
フランシスコ・マヌエル・"パコ"・ソレール・アテンシア(Francisco Manuel "Paco" Soler Atencia、1970年3月5日 - )は、スペイン・バレアレス諸島パルマ・デ・マヨルカ出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはMF。
CIDEマジョルカのカンテラ出身。1988年にRCDマジョルカのBチームに引き抜かれ、1990-91シーズンの4月21日、アトレティコ・マドリード戦にてトップチームデビューとラ・リーガデビューを果たした[1]。1991-92シーズンからレギュラーに定着したが、クラブはセグンダ・ディビシオンへと降格してしまった。1996-97シーズン、マジョルカがラ・リーガの舞台に復帰すると、クラブは黄金期を迎え、ソレールは28歳にして自身初のタイトルとなるスーペルコパ・デ・エスパーニャを、2002-03シーズンにはコパ・デル・レイを獲得した[2]。しかし、後者のシーズンでは、リーグ戦5試合の出場機会しかなく、翌シーズン開幕前に現役を引退した。
プロデビューから現役引退までをRCDマジョルカで全うし、ラ・リーガ通算168試合3得点、マジョルカでの公式戦出場はクラブ歴代最多となる通算423試合であり、28得点を記録した[3]。
また、1992年に母国開催されたバルセロナオリンピックでは、スペイン代表の一員として金メダル獲得に貢献した[4]。
現役引退後は、指導者の道に進み、地元クラブのCDアトレティコ・バレアレスやポルトガルのSCベイラ・マルを率いた[5]。