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パフォーマンスアート

芸術家やその他の参加者の実演そのものが作品となる芸術の総称 From Wikipedia, the free encyclopedia

パフォーマンスアート(英: performance art)は、芸術家または参加者による行為・実演を主要な媒体とする現代美術・前衛芸術の一形態である[1]。作品は観客の前で行われるライブの出来事として成立する場合もあれば、写真や映像などによって記録される場合もあり、即興的に展開されることも、あらかじめ構成・脚本化されることもある[1]。

ヨーゼフ・ボイスによるパフォーマンス(1978年)

パフォーマンスアートは、絵画や彫刻のような物体としての作品ではなく、時間のなかで展開する行為や状況を作品の中心に置く点に特徴がある[2]。また、演劇・舞踊・音楽などの舞台芸術(パフォーミング・アーツ)と重なる要素をもつ一方で、美術の文脈において身体、時間、空間、観客との関係を作品化するものとして区別される[3]。

概要

キャバレー・ヴォルテールのポスター(1916年)

パフォーマンスアートでは、芸術家自身の身体、声、動作、持続時間、観客との相互作用、場所の性質などが作品を構成する要素となる。作品は美術館、ギャラリー、劇場、路上、公共空間、私的空間など、さまざまな場所で行われる[2]。そのため、ハプニング、ボディアート、コンセプチュアル・アート、インスタレーション、ビデオアート、フルクサス、社会彫刻などと交差して発展してきた。

多くの作品は一回性や一時性をもつが、写真、映像、スコア、証言、再演、展示資料などを通じて後に提示されることもある。ニューヨーク近代美術館は、20世紀初頭以降、芸術家がダンス、音楽、自身の行為などの非伝統的な形式を美術に取り入れてきたことを、メディアおよびパフォーマンスアートの展開として説明している[4]。

特徴

パフォーマンスアートの形式は多様であるが、一般に、芸術家または参加者の身体、作品が行われる時間、実施される場所、観客との関係などが重要な要素となる[1][2]。身体は表現の素材、媒体、場として用いられ、作品は一定の時間の中で開始・持続・終了する。また、特定の場所や社会的状況と結びつく場合には、サイトスペシフィック・アートや社会的実践とも関係する。

観客は単なる鑑賞者にとどまらず、作品の成立や意味形成に関与することがある。参加型の作品では、観客の反応や行動が作品の一部となる場合もある[5]。こうした性質のため、パフォーマンスアートはしばしば、作品を商品化可能な物体として扱う近代的な美術制度への批判、芸術と生活の境界の問い直し、身体・性・ジェンダー・人種・政治・制度への批評と結びついてきた。

歴史

前史

パフォーマンスアートの前史は、20世紀初頭の未来派、ダダイスム、シュルレアリスムなどの前衛芸術に求められる。未来派の夕べや宣言朗読、チューリッヒのキャバレー・ヴォルテールで行われた詩の朗読、音響詩、実験的な舞台的行為は、後のパフォーマンスアートの源流として位置づけられる[2]。これらの実践では、従来の絵画・彫刻から離れ、声、身体、偶然性、観客への挑発が芸術行為の一部となった。

1950年代から1960年代

1950年代末から1960年代にかけて、アラン・カプローらによるハプニング、ジョン・ケージの実験音楽、フルクサスのイベント、ヨーゼフ・ボイスのアクションなどが、パフォーマンスアートの形成に大きな役割を果たした。Tate はハプニングを、ダダやシュルレアリスムの演劇的要素から発展したパフォーマンス的な実践として説明している[6]。

1960年代には、ヴィト・アコンチ、キャロリー・シュニーマン、ヨーゼフ・ボイス、アラン・カプロー、オノ・ヨーコ、ナム・ジュン・パイクらが、身体、行為、映像、観客参加を通じて、美術作品のあり方を拡張した。MoMA は、20世紀初頭以降、芸術家がダンス、音楽、自身の行為などの非伝統的な形式を美術に取り入れてきたことを、メディアおよびパフォーマンスアートの展開として説明している[4]。

1970年代以降

1970年代には、パフォーマンスアートはフェミニズムアート運動、ボディアート、コンセプチュアル・アート、政治的・社会的実践と強く結びついた。女性の身体、家事、労働、性、制度批判を主題とする実践も多く現れた。1972年のウーマンハウスでは、住居空間を用いたインスタレーションとともに、女性の家庭内役割や身体経験を扱うパフォーマンスが行われた[7]。

同時期には、身体そのものを作品の素材とするボディアートや、行為の記録・指示・概念を重視するコンセプチュアル・アートとも密接に関係した。クリス・バーデンやマリーナ・アブラモヴィッチのように、身体的な危険、忍耐、持続時間を扱う作品を制作した芸術家も現れた。

1980年代以降、パフォーマンスアートは美術館や国際展でも扱われるようになり、映像記録、写真、指示書、アーカイブ資料を通じて再展示・再解釈されるようになった。2010年にはニューヨーク近代美術館で、アブラモヴィッチの回顧展「The Artist Is Present」が開催され、40年以上にわたるパフォーマンス、映像、インスタレーション、写真などが展示された[8]。

舞台芸術との違い

パフォーマンスアートは、演劇、舞踊、音楽などの舞台芸術と外見上似ることがある。しかし、舞台芸術がしばしば上演作品、演者、脚本、楽譜、振付、演出、観客席と舞台の関係などを前提とするのに対し、パフォーマンスアートでは美術の文脈において、行為そのもの、身体、時間、空間、制度、観客との関係が作品として扱われる[3]。

もっとも、両者は明確に分離できるものではなく、ダンス、演劇、音楽、詩、映像、インスタレーションなどを横断する作品も多い。そのため、パフォーマンスアートは、舞台芸術と対立する概念というより、美術制度の中で発展した行為・実演を中心とする実践として理解されることが多い。

記録・保存・再演

パフォーマンスアートはしばしば一回限りの出来事として成立するため、作品の保存や展示には特有の問題がある。写真や映像は作品の記録であると同時に、後の鑑賞者が作品を知る主要な手段ともなる。さらに、スコアや指示書に基づく再演、過去の作品の再制作、記録資料の展示などを通じて、パフォーマンスアートは美術館やアーカイブのなかで再提示される。

このような制度化は、パフォーマンスアートがもともと物体中心の美術市場や美術館制度への批判として発展したことと緊張関係をもつ。一方で、記録・再演・アーカイブ化は、パフォーマンスアートの歴史を保存し、研究・教育・展示の対象とするために不可欠な方法ともなっている[8]。

日本における関連動向

日本では、1954年に結成された具体美術協会が、身体、物質、行為、空間を重視する実験的な作品を展開した。Tate は具体美術協会について、後のパフォーマンスアートやコンセプチュアル・アートを先取りする急進的な考え方と制作方法をもっていたと説明している[9]。たとえば白髪一雄は、絵具や泥状の物質に身体を直接関与させる行為を行い、村上三郎は紙を身体で破る作品を制作した。こうした実践は、絵画や彫刻という固定的な形式を超え、行為と物質の関係を作品化するものとして、パフォーマンスアートの歴史と関連づけて論じられる[10]。

その後、日本でも舞踏、実験演劇、現代美術、映像、音楽、路上表現などの領域と交差しながら、身体や行為を中心にした芸術実践が展開された。パフォーマンスアートという語は、こうした美術、演劇、ダンス、音楽の境界を横断する実践を説明する用語として用いられることがある。

関連項目

脚注

参考文献

外部リンク

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