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パブロ・セサール・カノ

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本名 パブロ・セサル・カノ・ガルシーア
通称 El Demoledor
身長 175cm
パブロ・セサール・カノ
基本情報
本名 パブロ・セサル・カノ・ガルシーア
通称 El Demoledor
階級 ウェルター級
身長 175cm
リーチ 178cm
国籍 メキシコの旗 メキシコ
誕生日 (1989-10-04) 1989年10月4日(36歳)
出身地 トラルネパントラ・デ・バス
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 45
勝ち 35
KO勝ち 25
敗け 8
引き分け 1
無効試合 1
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パブロ・セサル・カノ(Pablo César Cano García、1989年10月4日 - )は、メキシコのプロボクサー。トラルネパントラ・デ・バス出身。元WBA世界スーパーライト級暫定王者。かつてのトレーナーはルディ・ペレス[1][2][3]。

2006年3月17日、プロデビューし、初回KO勝ち。

2010年2月20日、21戦目にしてタイトル初挑戦、オスカー・レオン(コロンビア)とメキシコシティのアウディトリオ・プラサ・コンデサでNABF北米スーパーライト級王座決定戦を行い、10回2-1(96-94、96-95、94-96)の僅差での判定勝ちで王座獲得に成功した。

2011年6月25日、パブロ・ルーゴ(メキシコ)とカンペチェ州シウダ・デル・カルメンでNABAメキシコスーパーライト級王座決定戦を行い、7回2分6秒TKO勝ちを収め、王座獲得に成功した。

2011年9月12日、同年9月17日にエリック・モラレスはルーカス・マティセーとWBC世界スーパーライト級王座決定戦を行う予定だったが、マティセーが病気を理由に欠場となりカノがピンチヒッターとして白羽の矢が立ち、代役として空位の王座決定戦に出場する事となった[1]。

2011年9月17日、世界初挑戦と同時にアメリカのリングに初登場。アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスMGMグランド・ガーデン・アリーナでエリック・モラレス(メキシコ)とWBC世界スーパーライト級王座決定戦を行い、壮絶な打ち合いになるも10回終了時にカノが棄権したためプロ初黒星となるTKO負けを喫し王座獲得に失敗した[4]。

2012年2月18日、メキシコ・キンタナ・ロー州カンクンのグランドオアシスリゾートにて元WBCカリブスーパーライト級王者のフランシスコ・コントラレス(ドミニカ共和国)と対戦し、5回にダウンを奪い6回TKO勝ち。

2012年7月21日、WBA世界スーパーライト級暫定王者のヨハン・ペレス(ベネズエラ)とカンクンのオアシス・ホテル・コンプレックスでWBA暫定世界同級タイトルマッチを行い、2-0(67-67、68-65、68-65)の7回終了時負傷判定勝ちを収め、王座獲得に成功した[5]。

2012年10月20日、ニューヨーク・ブルックリンのバークレイズ・センターでWBA世界ウェルター級王者ポール・マリナッジ(アメリカ)と対戦。前日の計量でカノが1.4ポンド超過し[6]、再計量でも落とす事が出来なかったため体重超過となり、カノが勝ってもタイトルの移動はなくマリナッジが勝った場合は防衛と言う変則試合となった。試合は2回に偶然のバッティングによりカットしたカノだったが粘り強く戦い続け11回にはマリナッジからダウンを奪ったが判定は1-2(118-109、113-114×2)の僅差判定で惜しくも敗れ、2階級制覇に失敗したが場内からは大きなブーイングが聞こえる結果となりカノの勝利を支持する声が大きかった[7]。

2012年11月、WBA世界スーパーライト級暫定王座を剥奪された[8]。

2013年5月18日、地元・カンクンで元3階級制覇王者のシェーン・モズリー(アメリカ)とWBCインターナショナルウェルター級王座決定戦を行い、0-3(113-115×3)の判定負けを喫し僅差の戦いを物に出来ず2連敗となった[9]。

2019年1月18日、フールー・シアターでホルヘ・リナレスとWBC世界スーパーライト級挑戦者決定戦を行い、初回2分48秒TKO勝ちを収め王者のホセ・カルロス・ラミレスへの指名挑戦権を獲得した[10]。

2021年9月14日、ダニエリト・ゾリラと対戦し、2回35秒KO負けを喫した。

獲得タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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