ホルヘ・リナレス

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本名 ホルヘ・ルイス・リナレス・パレンシア
通称 El Niño de Oro(スペイン語)
Golden Boy(英語)
身長 173cm
ホルヘ・リナレス
基本情報
本名 ホルヘ・ルイス・リナレス・パレンシア
通称 El Niño de Oro(スペイン語)
Golden Boy(英語)
階級 ライト級
身長 173cm
リーチ 175cm
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
誕生日 (1985-08-22) 1985年8月22日(40歳)
出身地 バリナス州バリナス
スタイルボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 56
勝ち 47
KO勝ち 29
敗け 9
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チャンネル
活動期間 2019年12月16日 -
登録者数 約1.9万人
総再生回数 約172万回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2023年1月17日時点。
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ホルヘ・リナレス(Jorge Linares、1985年8月22日 - )は、ベネズエラの元プロボクサーバリナス州バリナス出身。帝拳ジム所属。元WBC世界フェザー級王者。元WBA世界スーパーフェザー級王者。元WBA・WBC世界ライト級王者。世界3階級制覇王者[1]

本名はホルヘ・ルイス・リナレス・パレンシア(Jorge Luis Linares Palencia)。ニックネームは「El Niño de Oro(ゴールデンボーイ)」。

オーソドックススタイルのボクサーファイターで豊かなスピードに乗せ、抜群のハンドスピードと回転力のコンビネーションを上下に打ち分ける華麗なファイトスタイルを持つ。そのハイセンスなボクシングに加え端整な容姿も相まって、ホームである日本のみならず本場アメリカ合衆国での評価も高い。

ボクシング界の次世代のスーパースターと目されていたが、フアン・カルロス・サルガドにノックアウト負けを喫して以降、打たれ脆さを露呈し勝負所で敗戦を経験している。

兄のネルソン・リナレスは元WBA世界ウェルター級ランカー。弟のカルロス・リナレスも2007年に帝拳ジムに入り、7月7日にデビュー。日本ミドル級王座決定戦を戦ったこともある。引退後は、トレーナーとして同門の村田諒太などを指導している。

母国語であるスペイン語英語の他、日本語をそれなりに話し、通訳を介することなくインタビューを受けることもできる。また、日本食がお気に入りで、ワサビ刺身を好み、コンピュータが好きで、よく秋葉原に通う。

来歴

プロボクサーであった父親の影響でボクシングを始める[2]アマチュア時代にベネズエラのジュニア選手権を5連覇するなどの経歴を持つ。

2002年、17歳で初来日し東京帝拳ジムに入門。同年12月15日、大阪府立体育会館でプロデビュー戦を行い、初回KO勝ち。

2004年1月31日、カラカスポリエドロ・デ・カラカスで行われた8戦目で元WBA世界フライ級王者でもあるウーゴ・ソトアルゼンチン)とWBAフェデラテンスーパーバンタム級王座決定戦を行い、10回判定勝ちで王座を獲得した。

2004年8月7日、レナン・アコスタパナマ)と1階級上のWBAフェデラテンフェザー級王座決定戦を行い、10回判定に降しWBAフェデラテン王座の2階級制覇を達成した。

2005年5月26日、ハビエル・ソテロコロンビア)WBAフェデセントロフェザー級王座決定戦を行い、2回KOに降し王座奪取に成功、フェデラテン王座に続くWBAの地区王座制覇を果たした。

2007年7月21日、無敗のまま24戦目で世界初挑戦。ネバダ州ラスベガスマンダレイ・ベイ・イベント・センターで元WBC世界スーパーバンタム級王者オスカー・ラリオスメキシコ)とWBC世界フェザー級暫定王座決定戦を行い、10回TKO勝ち。帝拳ジム3人目の世界王者となった。その後、WBC世界フェザー級正規王者の池仁珍(韓国)がK-1転向を表明。これに伴い、WBCは池の王座を剥奪し、暫定王者のリナレスを正規王座に昇格させた。

2007年12月15日、後のWBC世界スーパーフェザー級王者となるガマリエル・ディアス(メキシコ)とWBC世界同級タイトルマッチを行い、8回右フック一撃失神KOに下し、初防衛成功。

2008年5月31日に2度目の防衛戦でフェイデル・ビロリアと対戦予定であったが、リナレスの右肩腱板損傷により試合を欠場[3]。同年8月、減量苦を理由にWBC世界フェザー級王座を返上[4]

2008年11月29日、スーパーフェザー級での世界挑戦。パナマシティのセントロ・デ・コンベンシオネス・アトラパでワイベル・ガルシア(パナマ)とWBA世界スーパーフェザー級王座決定戦を行い、5回1分8秒TKO勝ちを収め2階級制覇を達成した[5]2009年6月27日にはホサファト・ペレス(メキシコ)を8回TKOに下し、初防衛成功[6]

2009年9月、ゴールデンボーイ・プロモーションズとプロモート契約を結んだことを発表した[7]

2009年10月10日、2度目の防衛戦(3年半ぶりの日本凱旋)。渋谷区国立代々木競技場第二体育館でWBA世界スーパーフェザー級6位のフアン・カルロス・サルガド(メキシコ) と対戦。試合開始から45秒、サルガドの左右の連打でいきなりのダウン。辛くも立ち上がったものの、さらなる追撃で程なくして2度目のダウン。ここでレフェリーストップとなり、プロ初黒星となる初回1分13秒TKO負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した[8]

2010年3月27日、ラ・グアイラのポリデポルティーボ・ホセ・マリア・バルガスでフランシスコ・ロレンソドミニカ共和国)と対戦し、2-0の判定勝ちを収め再起を果たした[9][10]

2010年7月31日、ネバダ州ラスベガスのマンダレイ・ベイ・イベント・センターでシドニーオリンピック銀メダリストのロッキー・ファレスアメリカ)とWBAフェデラテンライト級暫定王座決定戦を行い、5回にダウンを奪って3-0の判定勝ちを収め王座を獲得、WBAフェデラテン王座の3階級制覇を果たした。

2010年10月24日、墨田区両国国技館(同門のWBC世界スーパーバンタム級王者西岡利晃の防衛戦の前座)にて元世界2階級王者のヘスス・チャベス(メキシコ)とノンタイトル10回戦を行い、4回終了時にチャベスが棄権したためTKO勝ち。これで前年10月の世界王座陥落以降、3連勝となった[11]

試合後、トレーナーに多くの世界王者を指導しているフレディ・ローチを招聘した。

2011年10月15日、カリフォルニア州ロサンゼルスステイプルズ・センターでWBC世界ライト級1位のアントニオ・デマルコ(メキシコ)とWBC世界同級王座決定戦を行い、ポイントではリードしていたもののカットした部分からの鼻柱から出血がひどくなりデマルコの強打の前に苦戦。ロープに詰まったところでストップがかかり11回2分32秒TKOで敗れて王座獲得は成らず、三階級制覇を逸した[12]

2012年3月31日、メキシコキンタナ・ロー州カンクンにてFECARBOXライト級王者のセルヒオ・トンプソン(メキシコ)とWBC世界同級挑戦者決定戦を行うも、2回2分27秒TKO負けを喫し再起に失敗したとともに王者のアントニオ・デマルコへの挑戦権獲得とはならなかった[13]

その後ローチとの契約を解消。新しくギレルモ・リゴンドウユリオルキス・ガンボア井岡一翔を世界王座に導いたイスラエル・サラスをトレーナーに招聘。リナレスと同じく粟生隆寛のトレーナーも兼任している。

2012年10月6日、カリフォルニア州サクラメントのメモリアル・オーディトリアムで亀海喜寛の前座で登場、元世界挑戦者ヘクトール・ベラスケスとノンタイトル10回戦を行い再起戦を白星で飾った[14]

2013年3月17日、キンタナ・ロー州カンクンのグランド・オアシス・リゾートでマニー・パッキャオアミール・カーンの元専属スパーリングパートナーでもあるデビッド・ロデラ(アメリカ)とノンタイトル10回戦を行い、8回TKO勝利で再起2戦目をKO勝利で飾った[15]

2013年11月10日、両国国技館でWBA世界ライト級王者リカルド・アブリルキューバ)に挑戦し3階級制覇を目指す予定だったが[16][17][18]、同年10月30日にマイアミで調整していたアブリルがスパーリング中に右足首を負傷し、トレーニングの続行が不可能となり、アブリルのオスミリ・フェルナンデス・トレーナーの「我々の目標はタイトル防衛だが、今のところ不可能になった」との発言もあり試合は中止となった[19][20]。帝拳ジムの本田明彦会長は「延期ではなく中止。アブリルとやることはもうない」と明言。早ければ2014年春にアメリカでWBC世界ライト級暫定王者オマール・フィゲロア(アメリカ)に挑戦する方針を示し[21]、アブリルの負傷により中止となったWBA世界ライト級タイトルマッチの代替試合として元WBCカリブスーパーライト級王者のフランシスコ・コントラレス(ドミニカ共和国)とノンタイトル10回戦で対戦し、初回KO勝ち[22]

2014年3月8日、MGMグランド・ガーデン・アリーナサウル・アルバレスアルフレド・アングロの前座にてWBC世界ライト級2位荒川仁人と対戦し、10回大差で判定勝ちを収め世界挑戦権を獲得した[23]。元々ペイ・パー・ビューカードで組まれていたオマール・フィゲロアカルロス・モリーナの2試合が立て続けに中止になったことで、この試合が昇格してペイ・パー・ビューカードの1試合として行われた。

2014年8月16日、スタブハブ・センター・テニスコートショーン・ポーターケル・ブルックの前座でアイラ・テリー(アメリカ)と対戦し、2回1分21秒KO勝ちを収めた[24]

2014年12月30日、東京体育館でWBC世界ライト級王者オマール・フィゲロア休養王座認定に伴い、WBC世界同級2位のハビエル・プリエトとWBC世界同級王座決定戦を行い、4回1分50秒KO勝ちを収め世界3階級制覇を達成した[25]

WBC世界ライト級タイトルマッチ 対フランキー・ギャビン戦(2015年)

2015年5月30日、イギリス・ロンドンのO2アリーナケル・ブルック対フランキー・ギャビンの前座でWBC世界ライト級1位の指名挑戦者ケビン・ミッチェルとWBC世界同級タイトルマッチを行い、10回2分57秒の逆転TKO勝ちを収め初防衛に成功した[26]。6月9日、WBCはリナレスをWBCの2015年6月度の月間MVPに選出した[27][28]

2015年7月1日、リナレスはWBA本部を訪れ、WBA世界ライト級王者ダーリー・ペレスとの王座統一戦に意欲を見せた[29][30]

2015年10月10日、カラカスポリエドロ・デ・カラカスでWBC世界ライト級10位のイバン・カノとWBC世界同級タイトルマッチを行い、3回と4回にダウンを奪い、レフェリーがカウントを途中でストップ。4回58秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[31]

2015年11月、WBCの年次総会でWBC世界ライト級1位でWBCインターナショナルライト級王者のデヤン・ズラチカニンと指名試合を行うよう指令が出された[32]

2016年2月11日、同年4月頃の対戦を目標にデヤン・ズラチカニン側と交渉を進めていたが、トレーニング中にリナレスが右拳を骨折したため中止となり[33]、12日後の同年2月23日にWBCはリナレスを休養王座に認定した[34]

2016年9月24日、マンチェスターマンチェスター・アリーナでWBA世界ライト級王者のアンソニー・クローラとWBA世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(115-113、115-114、117-111)の判定勝ちを収めWBA王座とWBCダイヤモンド王座並びにリングマガジン認定王座の獲得に成功した[35][36][37]

2016年10月13日、WBCは最新ランキングを発表し、リナレスをWBC世界ライト級ダイヤモンド王者としてランクインした[38][39]。11月1日、WBAはリナレスをWBAの2016年10月度の月間MVPに選出した[40][41]

2017年3月25日、マンチェスター・アリーナでWBA世界ライト級4位およびWBC世界同級9位のアンソニー・クローラと6ヵ月ぶりに再戦し、12回3-0(3者共118-109)の判定勝ちを収め初防衛に成功した[42][43][44][45]。4月10日、WBAはリナレスをWBAの2017年3月度の月間優秀選手賞に選出した[46][47]

2017年9月23日、カリフォルニア州イングルウッドザ・フォーラムでWBA世界ライト級1位のルーク・キャンベルとWBA世界同級タイトルマッチを行い、12回2-1(114-113、115-112、113-115)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した[48][49][50]。9月29日、WBAはリナレスをWBAの2017年9月度の月間MVPに選出した[51][52][53]

2018年1月27日、カリフォルニア州イングルウッドザ・フォーラムでWBA世界ライト級15位のメルシト・ヘスタとWBA世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(118-110×2、117-111)の判定勝ちを収め3度目の防衛に成功した[54][55][56]。1月31日、WBAはリナレスをWBAの2018年1月度の月間MVPに選出した[57][58]

2018年5月12日、ニューヨーク・マディソン・スクエア・ガーデンにてWBO世界スーパーフェザー級王者のワシル・ロマチェンコウクライナ)とWBA世界同級タイトルマッチを行い、6回にロマチェンコからプロ転向後初となるダウンを奪うも、10回2分8秒TKO負けを喫しスーパー王座の認定と4度目の防衛に失敗、王座から陥落した[59][60][61]

2019年1月18日、ニューヨーク・ マディソン・スクエア・ガーデン・シアターパブロ・セサール・カノとWBC世界スーパーライト級挑戦者決定戦を行うも、初回TKO負けを喫した。

2019年9月7日、12年7ヶ月ぶりに後楽園ホールに登場、フィリピンスーパーフェザー級5位のアル・トヨゴンと対戦し、10回3-0(100-90、100-89、99-90)で判定勝ちを収め再起に成功した[62]。これが日本での最後の公式試合となった。

2020年8月7日、カリフォルニア州インディオで同月28日にハビエル・フォルトゥナと対戦する予定だったが、4日に事前のPCR検査を受けたところ、新型コロナウイルスの陽性が出たため、試合が白紙となった[63]

2021年5月29日、約1年3カ月ぶりの試合をネバダ州のミケロブ・ウルトラ・アリーナでWBC世界ライト級王者のデヴィン・ヘイニーとWBC世界同級タイトルマッチを行うも、12回判定負けを喫しWBAに続く王座獲得に失敗した[64]。この試合後に所属していたゴールデンボーイ・プロモーションズを離脱した[65]

2022年2月19日、ロシアエカテリンブルクでWBCライト級シルバー王者のザウル・アブドゥラエフとWBCシルバー同級タイトルマッチを行い、11回まで判定でリードしていたが、続く最終回に2度のダウンを奪われ、レフェリーストップによる番狂わせのTKO負けを喫した[66]

2022年12月11日、ロシアのエカテリンブルクでジョーラ・アルマサリアンと対戦し、判定負けを喫した。

2023年10月21日、イギリス・リバプールのM&Sバンクアリーナにてジャック・カテラルとWBAインターコンチネンタルスーパーライト級タイトルマッチを行うも、0-3判定負けを喫し試合後に引退を表明した[67]

2024年3月30日、カリフォルニア州イングルウッドのYouTubeシアターで行われたWBA世界クルーザー級スーパー王者アルセン・グラミリアンヒルベルト・ラミレス及び前座で行われたWBAインターコンチネンタルライト級王者のカリーム・ハケット対ロウディー・モンゴメリーの2試合を引退後に就任したWBA特別アンバサダーとして立会人を務めた[68]

戦績

  • アマチュアボクシング:156戦 151勝 (100KO・RSC) 5敗
  • プロボクシング:56戦 47勝 (29KO) 9敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
12002年12月15日1R 0:45KO鄭炅秀大韓民国の旗 韓国プロデビュー戦
22003年2月15日6R判定3-0チャワン・ソーウォラピンタイ王国の旗 タイ
32003年3月15日3R 1:02KOシンダム・モンサイチョンタイ王国の旗 タイ
42003年4月19日8R判定3-0アリエル・オーストリアフィリピンの旗 フィリピン
52003年7月12日3R 2:44TKOサンダー伊藤日本の旗 日本
62003年9月20日2R 2:12KO兎正根大韓民国の旗 韓国
72003年10月18日10R判定3-0ペドリト・ローレンテフィリピンの旗 フィリピン
82004年1月31日10R判定3-0ウーゴ・ソトアルゼンチンの旗 アルゼンチンWBAフェデラテンスーパーバンタム級王座決定戦
92004年5月1日10R判定3-0マイケル・ドミンゴ英語版フィリピンの旗 フィリピン
102004年8月7日10R判定3-0レナン・アコスタパナマの旗 パナマWBAフェデラテンフェザー級王座決定戦
112004年10月2日1R 2:42KO朴正勲大韓民国の旗 韓国
122004年12月3日4R 2:16TKOラファエル・カスティージョ コロンビア
132005年2月5日1R 2:07KOメルビン・アユドットフィリピンの旗 フィリピン
142005年4月16日4R 1:49KOルイス・アルベルト・ペレスメキシコの旗 メキシコ
152005年5月26日2R 1:56KOハビエル・ソテロ コロンビアWBAフェデセントロフェザー級王座決定戦
162005年8月13日4R 終了TKOヘスス・ペレス コロンビア
172005年9月25日6R判定3-0アヨン・ナランホフィリピンの旗 フィリピン
182005年11月3日1R 2:30KOデンチャイ・ソーティアプクーンタイ王国の旗 タイ
192006年1月7日1R 1:59KOジェフリー・オニャテフィリピンの旗 フィリピン
202006年4月1日10R判定3-0サオヒン・シリタイコンドータイ王国の旗 タイ
212006年6月3日10R判定3-0ペドロ・ナパレッテメキシコの旗 メキシコ
222006年10月7日6R 2:34TKOウンベルト・マルティネス コロンビア
232007年2月3日3R 1:37TKOラミロ・ララパナマの旗 パナマ
242007年7月21日10R 2:37TKOオスカー・ラリオスメキシコの旗 メキシコWBC世界フェザー級暫定王座決定戦→正規王座に認定
252007年12月15日8R 2:02KOガマリエル・ディアスメキシコの旗 メキシコWBC防衛1→返上
262008年11月28日5R 1:08TKOワイベル・ガルシアパナマの旗 パナマWBA世界スーパーフェザー級王座決定戦
272009年6月27日8R 1:42TKOホサファト・ペレスメキシコの旗 メキシコWBA防衛1
282009年10月10日1R 1:13TKOフアン・カルロス・サルガドメキシコの旗 メキシコWBA陥落
292010年3月27日10R判定2-0フランシスコ・ロレンソ英語版ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
302010年7月31日10R判定3-0ロッキー・ファレスアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国WBAフェデラテンライト級暫定王座決定戦
312010年10月24日4R 終了TKOヘスス・チャベスメキシコの旗 メキシコ
322011年5月28日7R 1:49TKOアドリアン・ベルドゥゴメキシコの旗 メキシコ
332011年10月15日11R 2:32TKOアントニオ・デマルコメキシコの旗 メキシコWBC世界ライト級王座決定戦
342012年3月31日2R 2:27TKOセルヒオ・トンプソンメキシコの旗 メキシコWBC世界ライト級挑戦者決定戦
352012年10月6日10R判定3-0ヘクトール・ベラスケスメキシコの旗 メキシコ
362013年3月17日8R 2:51TKOデビッド・ロデラアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
372013年8月25日3R 1:09TKOバーマン・サンチェスニカラグアの旗 ニカラグア
382013年11月10日1R 3:08KOフランシスコ・コントレラスドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
392014年3月8日10R判定3-0荒川仁人日本の旗 日本
八王子中屋
WBC世界ライト級挑戦者決定戦
402014年8月16日2R 1:21KOアイラ・テリーアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
412014年12月30日4R 1:50KOハビエル・プリエトメキシコの旗 メキシコWBC世界ライト級王座決定戦
422015年5月30日10R 2:57TKOケビン・ミッチェルイギリスの旗 イギリスWBC防衛1
432015年10月10日4R 0:58TKOイバン・カノメキシコの旗 メキシコWBC防衛2→休養王座に認定
442016年9月24日12R判定3-0アンソニー・クローライギリスの旗 イギリスWBA世界ライト級タイトルマッチ
WBA・リングマガジンWBCダイヤモンド王座獲得
452017年3月25日12R判定3-0アンソニー・クローライギリスの旗 イギリスWBA防衛1
462017年9月23日12R判定2-1ルーク・キャンベルイギリスの旗 イギリスWBA防衛2
472018年1月27日12R判定3-0メルシト・ヘスタフィリピンの旗 フィリピンWBA防衛3
482018年5月12日10R 2:08TKOワシル・ロマチェンコ ウクライナWBA世界ライト級スーパー王座決定戦
492018年9月29日3R 1:31KOアブネル・コットプエルトリコの旗 プエルトリコ
502019年1月18日1R 2:48TKOパブロ・セサール・カノメキシコの旗 メキシコWBC世界スーパーライト級挑戦者決定戦
WBC世界スーパーライト級シルバー王座決定戦
512019年9月7日10R判定3-0アル・トヨゴンフィリピンの旗 フィリピン
522020年2月14日4R 2:09KOカルロス・モラレスメキシコの旗 メキシコ
532021年5月29日12R判定0-3デヴィン・ヘイニーアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国WBC世界ライト級タイトルマッチ
542022年2月19日12R 2:28TKOザウル・アブドゥラエフ英語版ロシアの旗 ロシアWBCシルバーライト級タイトルマッチ
552022年12月11日10R判定0-3ジョーラ・アルマサリアンアルメニアの旗 アルメニア
562023年10月21日12R判定0-3ジャック・カテラルイギリスの旗 イギリスWBAインターコンチネンタルスーパーライト級タイトルマッチ
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獲得タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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