パークコート麻布十番 ザ タワー
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| パークコート麻布十番 ザ タワー | |
|---|---|
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パークコート麻布十番 ザ タワー | |
| 施設情報 | |
| 所在地 | 東京都港区三田1丁目7-1 |
| 状態 | 完成 |
| 着工 | 2007年10月[1] |
| 竣工 | 2010年5月[1] |
| 用途 | 共同住宅・店舗・事務所・駐車場ほか[1] |
| 地上高 | |
| 高さ | 129.08m[1] |
| 各種諸元 | |
| 階数 |
ザ タワー 地下1階地上36階 三田ガーデン 地下1階 地上9階[1] |
| 敷地面積 | 7,502.85 m² [1] |
| 建築面積 | 3,738.80 m² [1] |
| 延床面積 | 65,421.63 m² [1] |
| 構造形式 | RC造一部SRC造、S造[1] |
| エレベーター数 |
ザ タワー 8基 三田ガーデン 3基[1] |
| 戸数 |
ザ タワー 440戸 三田ガーデン 58戸 |
| 駐車台数 | 305台[1] |
| 関連企業 | |
| 設計 |
アール・アイ・エー・久米設計三田小山町地区設計共同体 デザインアーキテクト 光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所 [1] |
| 構造エンジニア | アール・アイ・エー・久米設計三田小山町地区設計共同体[1] |
| 施工 | 大成建設[1] |
| デベロッパー | 三田小山町地区再開発組合(参加組合員 三井不動産レジデンシャル、新日鉄都市開発、藤和不動産、大成建設)[1] |
パークコート麻布十番 ザ タワー(パークコートあさぶじゅうばん ザ タワー)は、東京都港区三田に所在する超高層マンションである。本項では敷地内に建てられたパークコート麻布十番 三田ガーデンも併せて記載する。
ザ タワー
計画地に相当する区域には明治時代前期に伊藤博文が屋敷を構え[2]、明治・大正期には住宅街が形成された。関東大震災および戦災からも免れたが、道路などの公共施設は不十分なままに留まった[3]。
昭和末期に街の再生に向け、地元住民主導のまちづくりを行うべく、「小山町まちづくりの会」が発足。1992年には、「三田小山町第2地区市街地再開発準備組合」を設立したものの、住民間で合意に達することが出来ず、時が流れた[4]。
1997年に東京メトロ南北線(溜池山王 - 四谷間)が開通したことや、2000年の都営地下鉄大江戸線の全線開通を控え、住民の間で再開発の機運が盛り上がり、1999年、準備組合は事業協力者として大成建設を選定。2001年に都市計画決定にこぎつけ、2005年再開発組合を設立[4]。 2010年5月に36階建てのタワー棟、9階建ての三田ガーデン棟、3階建てのコモンラウンジ棟からなる「パークコート麻布十番 ザ タワー、三田ガーデン」は竣工した。総事業費は約326億円[5]。
幹線道路(通称電車通り)側より5m後退して配置し、周囲に緑豊かな歩道状空地を設けた。基壇部である1階にアーケード形状とした外向き店舗を、2階には事務所を配置。住戸は4階から36階に据え、屋上のトップにはオパール形状のガラスカーテンウォールで囲まれた「ティアラデッキ」をつくった[6]。
セキュリティーは四重であることに加え、来訪者にもゲスト用にもICカードを発行している[7]。
販売価格は最高で四億四千三百万円だった[7]。
三田ガーデン
外部廊下形式の9階建て板状型住戸で、主に権利者向けとして建てられた。名称は権利者の「三田」の名前を残し、住み続ける街づくりへの思いからつけられた[6]。