久米村に伝来した中国系の打楽器で、渡来年は不明とされている[2]。語源は、「クー」が「鼓」だが「パーラン」に当てはまる漢字はなく[3]、「パーラン」は「パージャオ」という蛇皮を張った片面の八角鼓から来たという説[2]や、打音が「パーラン」と聞こえたからという説など、諸説ある。
太鼓エイサーにおいては、地域の集落単位で若者を中心として結成された一団(青年会)のなかで、太鼓打ち(たいこうち、テークウチ)の役割を受け持つ担当者によって、直径50cmほどの大太鼓(ウフデークー)、鼓のような形をした直径30cmほどの締め太鼓(シメデークー)、そしてパーランクーが演奏されてきた(地域によってパーランクーのみ、大太鼓と締め太鼓のみといった構成が異なる場合も多々ある)[1]。パーランクーを持って踊るのは歴史的には男性とされてきたが、現在では女性が行うこともある。
近年、エイサーが全国的に踊られるようになり、パーランクーの需要が増えたことで、その生産は国内に限らず中国やベトナムなど国外に依存するようになってきている[3]。