ビジェイ・シン
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| 基本情報 | ||||
| ニックネーム | The Big Fijian | |||
| 生誕 | 1963年2月22日(62歳) | |||
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| 出身地 | ラウトカ | |||
| メジャー選手権最高成績 | ||||
| マスターズ | 優勝: 2000 | |||
| PGA選手権 | 優勝: 1998, 2004 | |||
| 全米オープン | T3: 1999 | |||
| 全英オープン | T2: 2003 | |||
| 成績 | ||||
| 優勝回数 |
メジャー大会:3勝(マスターズ:2000年 全米プロゴルフ:1998年・2004年) 米国男子:34勝 | |||
| 初優勝 |
マレーシアPGA選手権(1984年) USPGA:ビュイック・クラシック (1993年) | |||
| 賞金王 | 2003年・2004年・2008年 | |||
| 世界ランク最高位 | 1位 | |||
| 賞金ランク最高位 | 1位(2004年) | |||
殿堂表彰者 | ||||
| 選出年 | 2006年 | |||
| 選出部門 | PGAツアー | |||
| 2012年11月18日現在 | ||||
ビジェイ・シン(Vijay Singh, 1963年2月22日 - )は、フィジー・ラウトカ出身のインド系プロゴルファー。
シンは1982年にプロ転向した後、世界各地のツアーを回りながら長期間の下積み生活を経てきた選手である。彼にはオーストラリアPGAツアーとアジアンゴルフサーキット(現アジアンツアー)から追放処分を受けた経歴もあった。
1993年からアメリカPGAツアーのメンバーになり、同年6月の「ビュイック・クラシック」で米国ツアー初優勝を挙げた。1995年から1998年までの間に、彼はPGAツアーで「53大会」連続予選通過記録を樹立したが、1998年マスターズ・トーナメントでの予選落ちで止まった。それから4か月後の全米プロゴルフ選手権で、シンは35歳にしてメジャー大会初優勝を果たす。
2000年のマスターズ・トーナメントで、シンは最終ラウンドを最終組で一緒に回ったデビッド・デュバルを振り切り、メジャー2勝目を挙げた。それからしばらく不調が続き、2001年シーズンはPGAツアーで優勝できなかったが、2002年3月の「シェル・ヒューストン・オープン」で2年ぶりのツアー優勝を果たす。2004年の全米プロゴルフ選手権で、シンはクリス・ディマルコ、ジャスティン・レナードの3人によるプレーオフを制し、この大会で6年ぶり2度目の優勝を遂げた。1か月後の9月、彼は5年以上連続でトップの座を守ってきたタイガー・ウッズを抜いて世界ランキング1位となった。2005年に世界ゴルフ殿堂入りを果たす。
2007年1月7日、シンはツアー開幕戦の「メルセデス・ベンツ選手権」で優勝し、40代での18勝目を挙げた。この優勝により、彼はサム・スニードの17勝を抜くツアー新記録を樹立した。
メジャー大会優勝
- マスターズ・トーナメント:1勝(2000年)
- 全米プロゴルフ選手権:2勝(1998年、2004年)
