ビレリ・ラグレーン
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ビレリ・ラグレーン Biréli Lagrène | |
|---|---|
|
ビレリ・ラグレーン(2006年) | |
| 基本情報 | |
| 生誕 | 1966年9月4日(58歳) |
| 出身地 |
バ=ラン県スフレンアイム |
| ジャンル | ジプシー・ジャズ、スウィング、フュージョン、ポスト・バップ、ジャズ・ロック |
| 職業 | ミュージシャン、ギタリスト、作曲家 |
| 担当楽器 | ギター、ベースギター、ヴァイオリン、ボーカル |
| 活動期間 | 1978年 - |
| 共同作業者 | ラリー・コリエル、ジャコ・パストリアス、ミロスラフ・ヴィトウス、ジョン・マクラフリン |
| 公式サイト |
birelilagrene |
| 著名使用楽器 | |
|
フェンダー・ストラトキャスター等 ギブソン・ES-175 等 ヤマハ・PACIFICA 等 オベーション・アマダス 等 | |
ビレリ・ラグレーン(フランス語: Biréli Lagrène、1966年9月4日 - )は、フランス人のギタリストまたはベーシストである。1980年代に ジャンゴ・ラインハルトの影響を受けたギター・スタイルで、ジャズ、フュージョンの世界でも エレクトリック・ギターの名手として有名になった。スウィングだけでなく、それらをジャズやフュージョン、そしてポスト・バップとを融合させる媒体としても、活躍している。
ビレリ・ラグレーンは、1966年9月4日にフランスアルザス地方バ=ラン県スフレンアイムの、伝統的なマヌーシュ-ロマ (ジプシー) の家族に生を受ける。彼は4歳からギターを弾き始める。「愛情のこもった、しかしとても厳格なツィガーヌとしての環境で育った」と述べている。彼の父親、Fisso (非常に才能に恵まれたヴァイオリニストだった)、母親の Berga、そして兄の Gaiti の影響を受ける。8歳の時に、ジャンゴ・ラインハルトのレパートリーをカバーして、その頃すでに彼の親戚には神童と呼ばれていた。ストラスブールで行われたロマの音楽祭で優勝し、12歳になるとドイツへの遠征の機会にも恵まれ、後にアルバム『ジャンゴへの道』としてまとめられることとなる。
アメリカからオファーが来るようになり、ステファン・グラッペリやベニー・グッドマン、ベニー・カーターといった世界的に活躍するジャズ・ミュージシャンと演奏する機会を得る。1984年にはニューヨークでラリー・コリエルと出会う。後に彼からジャコ・パストリアスを紹介され、フュージョンの世界へと脚を踏み出す事となる。ジャコとは一緒にヨーロッパ・ツアーなどを行い、彼の音楽的な開放への多大な影響を与えられることとなった。ラグレーンはこのツアーで、ギタリストのアル・ディ・メオラとの共演も果たしている。
2000年代に入ると、さらに自分のルーツとも言える伝統的なジプシー・ジャズを追求すべく、『ジプシー・プロジェクト』や『ジプシー・プロジェクト&フレンズ』といったアルバムをリリースする。メンバーは、Diego Imbert(ダブルベース)、Hono Winterstein(リズムギター)といったいつもの顔ぶれの他に、アンリ・サルヴァドールやトマ・デュトロンなどが参加している。