ビーチボーイズ (曲)
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| 「ビーチボーイズ」 | |
|---|---|
| ビーチボーイズ の シングル | |
| B面 | 離道(別れ) |
| リリース | |
| 規格 | マキシシングル |
| 録音 | 2011年 |
| ジャンル | J-POP |
| 時間 | |
| レーベル | YOSHIMOTO R and C |
| 作詞・作曲 | カシアス島田・平義隆 |
| プロデュース | 広小路亨 |
| チャート最高順位 | |
「ビーチボーイズ」は、TBS系で放送されていたバラエティ番組『紳助社長のプロデュース大作戦!』発のシングル。2011年7月13日にYOSHIMOTO R and Cから発売された。歌は同番組発の素人ユニット[2]・ビーチボーイズ。
プロデュース・作詞は同番組メインMCの島田紳助。2010年8月発売(沖縄限定)の「島風〜夢来人の唄〜」から約1年ぶり、番組関連の2作目かつ最後のCD作品である。
「宮古島活性化プロジェクト」(企画内容は該当記事参照)の一環として開かれた民宿『夢来人』のサポートスタッフとして働いていたミキヤ・ケイスケ・ハットリ・セイゴの「ビーチボーイズ」4名が、島田紳助からの辞令でCDデビュー。全員が歌手経験のない一般人であったため、番組秘書を務める新選組リアンの関義哉が助っ人として加入[2](CD制作プロデューサー、ディレクターも新選組リアンと同じスタッフ)。レコーディングは東京都内で行われ、野口五郎が編曲・歌唱指導を担当した[3]。
発売当日には東京・池袋サンシャインシティでイベントを開催し、約600人を動員[4][5][6]。その後福岡・神奈川・愛知で連日イベントを行い、17日の大阪・千里セルシーでは2回公演で約1700人を動員した[7]。
「オリコン20位以内に入れば第2弾シングルを発売、21位以下なら解散」というルールが定められた[6][8][9]。初登場(最高位)17位を記録したが[1]、同年8月の紳助の引退により番組自体が終了。民宿『夢来人』は9月で営業終了[10]、ビーチボーイズも活動終了となった。
同年10月21日、新選組リアンが所属していたアキヤマ・オフィスのマンスリーライブにケイスケとハットリがゲスト出演し、関とともに歌を披露した[11]。その後ミキヤ・ケイスケ・ハットリの3名はそれぞれ芸能活動を続けている。
収録内容
「ビーチボーイズ」メンバー
※責任者兼助っ人の関義哉(新選組リアン)を除く、民宿『夢来人』従業員であった4名について。
- ミキヤ
- 1989年生。千葉県出身。民宿での担当[5]は「スイーツ」。ビーチボーイズのリーダー。
- 以前から未来弥の芸名で『Fine』レギュラーモデルや俳優として活動していた。ビーチボーイズ参加時は大学を休学中[8]。解散後はモデル・芸能活動に復帰。
- ケイスケ
- 1986年生。岩手県出身。民宿での担当は「牧場」。
- 本名および後の芸名は大久保圭祐。加入時の本職はスタイリスト[12]。企画終了時に進路を明言していなかったが、2011年12月に舞台に出演し俳優デビュー[13]。以降俳優・モデル兼スタイリストとして活動。
- ハットリ
- 1988年生。青森県出身。民宿での担当は「畑」。
- 本名および後の芸名は服部喜照。元海上自衛官[2]。オーディション時から俳優志望を明言していた。2012年2月に芸能事務所所属と俳優集団NAKED BOYZ加入(第3期メンバー)が決まり[14]、以降舞台・バラエティ等で活動。
- セイゴ
- 1991年生。大阪府出身。民宿での担当は「料理」。
- 本名は出石聖悟[15]。あくまでも民宿の従業員志願者としてオーディションに参加しており、CDデビュー決定時も芸能界入りの意思はないことを主張した。解散後は大阪に戻り就職[15][16]。