ピエール・ルイージ・ネルヴィ
イタリアの建築家、技術者
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経歴
土木作品
1923年に土木エンジニアとしての活動を開始し、幾つかの飛行機用格納庫を請け負った。1940年代を通じて、鉄筋コンクリートの可能性を追求することで、西ヨーロッパの多くの建物の再建に尽力した。この時期には、イタリア政府に対して鉄筋コンクリート製のボートを売り込んだ事もある。
ネルヴィは、構造設計、特に薄いシェル構造物の設計においては、数学と同様に直観も必要であると説いた。ローマ建築やルネッサンス建築の美を参照しつつも、しばしば自然界にも見られるリブやヴォールトなどの構造的要素も採用した。これは建築の構造強度を増すだけでなく柱を減らす事にも貢献した。彼は、設計にシンプルな幾何学と洗練されたプレファブリケーションを用いる事で工学を芸術にまで高めたといえる。
エンジニアと建築家
イタリア国外の仕事
殆どの作品は母国イタリアにあるが、イタリア国外でもいくつか作品を残している。アメリカでの最初の仕事はニューヨークのジョージ・ワシントン・ブリッジのバスターミナルであり、ここでは、三角形にプレキャストされたユニットによって屋根が構成されている。この建物は現在でも使われており、毎日約700台のバスが発着している。
作品
- スタディオ・アルテミオ・フランキ(フィレンツェ、1931年)
- トリノ展示場(トリノ、1949年)
- ユネスコ本部(パリ、1950年、マルセル・ブロイヤーとベルナール・ゼルフュスとの共同)
- ピレリ・ビル(ミラノ、1950年、ジオ・ポンティと共同)
- パラロットマティカ(ローマ、1958年、ローマオリンピック室内競技場)
- スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマ(ローマ、1960年、ローマオリンピック主会場)
- コルソ・フランチァ高架道路(ローマ、1960年)
- トリノ労働会館(トリノ、1961年)
- ブルゴ製紙工場(マントゥア、1961年)
- プラス・ヴィクトリア(モントリオール、1961年)
- 聖マリア被昇天大聖堂(サンフランシスコ、1967年)
- パウロ6世記念ホール(バチカン、 1971年)
プラス・ヴィクトリア 聖マリア被昇天大聖堂