1994年10月23日、大川興業は埼玉県新座市のサティ新座店の店頭広場に設けられた特設舞台で「花火」と題したパフォーマンス公演を行っていたが、途中で舞台を降り敷地内のケヤキの木にサルのような動きをしながら登ったところ、ぶら下がっていた枝が根元から折れて転落し後頭部を強打、ただちに新座志木中央総合病院に搬送される。大川興業社長の大川豊は「勝田の無事を祈ってください」と涙ながらに訴えていたが[1]、意識は戻らないまま翌24日早朝に死去。29歳没[3][4]。
勝田の通夜・葬儀には勝田の遺族や大川興業のメンバーのほか、芸人仲間やファンが数多く駆けつけ、勝田の早すぎる死を悼んだ。墓所にはメッセージを書くためのノートがあり、そこには「トシちゃん(田原俊彦)がいいとも! のレギュラーになった」などと書き込まれていた[5]。
事故直後に予定されていた大川興業の舞台公演が中止になりかけたが、父・康三と高田文夫の「舞台が一番の供養になる」との助言により、舞台公演は行われることとなった。東京都の中野サンプラザ公演では勝田を追悼する演出が仕込まれた[6]。