ファン・カルロス・ブルゴス
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | フアン・カルロス・ブルゴス・カスティージョ |
| 通称 | Miniburgos |
| 階級 | スーパーライト級 |
| 身長 | 175cm |
| リーチ | 180cm |
| 国籍 |
|
| 誕生日 | 1987年12月26日(37歳) |
| 出身地 | バハ・カリフォルニア州ティフアナ |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 47 |
| 勝ち | 36 |
| KO勝ち | 20 |
| 敗け | 8 |
| 引き分け | 3 |
フアン・カルロス・ブルゴス(Juan Carlos Burgos、1987年12月26日 - )は、メキシコのプロボクサー。バハ・カリフォルニア州出身。
元IBF世界ライトフライ級王者のホセ・ビクトル・ブルゴスは、おじにあたる[1][2]。
アマチュアボクサーであった父親の影響で9歳でボクシングを始めた[1][2]。
2004年12月10日、メキシコでプロデビュー。
2006年10月16日、バハ・カリフォルニア州ティフアナのアウディトリオ・ムニシパルで行われたWBCアメリカ大陸フェザー級暫定王座決定戦でロドルフォ・ガライ(メキシコ)と対戦し、3-0(99-91、99-91、98-92)の判定勝ちを収め、王座を獲得した。
2009年2月27日、アメリカ合衆国カリフォルニア州オンタリオのダブルツリーホテルでフェルナンド・オマール・リサラガ(メキシコ)と対戦し、2回2分19秒TKO勝ちを収め、CABOFEフェザー級王座を獲得した。
2009年6月12日、アメリカ合衆国カリフォルニア州オンタリオのダブルツリーホテルでヴァチェスラフ・グセフ(ロシア)と対戦し、3-0(97-93、98-92、98-92)の判定勝ちを収め、初防衛に成功した[3]。
2010年1月15日、アメリカ合衆国テキサス州ラレドのラレド・シビック・センターでファン・カルロス・マルチネス(メキシコ)と対戦し、12回1分17秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[4]。
2010年5月29日、グアダラハラのアレナ・テカテで行われたWBC世界フェザー級挑戦者決定戦でリカルド・カスティージョ(メキシコ)と対戦し、11回0分10秒、カスティージョの棄権によるTKO勝ちを収め、同級王座の指名挑戦権を獲得した。
2010年11月26日、日本ガイシホールで行われた、WBC世界フェザー級王者エリオ・ロハス(ドミニカ共和国)の休養王座認定に伴い正規王座が空位扱いになったことに伴うWBC世界フェザー級王座決定戦で元WBC世界バンタム級王者長谷川穂積(日本)と対戦し、0-3(111-116、110-117、110-117)の判定負けを喫し、王座獲得に失敗した[5]。プロ26戦目にして初黒星を喫した。
2011年11月12日、MGMグランド・ガーデン・アリーナでルイス・クルス(プエルトリコ)の持つWBOラテンアメリカスーパーフェザー級王座と空位のWBC世界スーパーフェザー級シルバー王座を懸け対戦し、2-0(98-92、95-95、97-93)の判定勝ちを収め、WBOラテンアメリカスーパーフェザー級王座の獲得に成功、同時にWBC世界スーパーフェザー級シルバー王座の獲得にも成功した[6]。
2012年2月24日、アメリカ合衆国デラウェア州ドーバーのドーバーダウンズホテル&カジノで元IBF世界フェザー級王者クリストバル・クルス(メキシコ)と対戦し、3-0(96-92、98-90、96-92)の判定勝ちでWBC世界スーパーフェザー級シルバー王座の初防衛に成功した。その後2度目の防衛戦を行わずに王座を返上した。
2012年7月20日、アメリカ合衆国ネバダ州ラフリンのエッジウォーターホテル&カジノでセサール・バスケス(メキシコ)と対戦し、3回1分50秒TKO勝ちを収め、WBOラテンアメリカスーパーフェザー級王座の初防衛に成功した。
2013年1月19日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン・シアターでミゲル・アンヘル・ガルシア対オルランド・サリドの前座で、WBO世界スーパーフェザー級王者ローマン・マルチネスと対戦し、1-1(112-116、117-111,114-114)の判定で引き分けとなりまたも世界王座獲得に失敗した[7]。
2014年1月25日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン・シアターにてWBO世界スーパーフェザー級王者ミゲル・アンヘル・ガルシアとWBO世界スーパーフェザー級1位の指名挑戦者として対戦し、0-3(110-118、110-118、109-119)の判定負けを喫しまたも王座獲得に失敗した[8]。