ファン・マヌエル・ファンジオ2世
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| ファン・マヌエル・ファンジオ2世 | |
|---|---|
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IMSAデルマーグランプリ-1990年にて | |
| 基本情報 | |
| 生年月日 | 1956年9月19日(69歳) |
| 出身地 |
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| 引退 | 1999年 |
| ル・マン24時間レースでの経歴 | |
| 活動時期 | 1993年 |
| 所属 | トヨタ・チーム・トムス |
| 出走回数 | 1回 |
| シリーズ最高順位 | 8位 (1993年) |
| 選手権タイトル | |
| 1992年、1993年 | IMSA GT選手権 |
ファン・マヌエル・ファンジオ2世 (Juan manuel fangio Ⅱ 1956年9月19日 - )は、ブエノスアイレス・バルカルセ出身のレーシングドライバー。ファン・マヌエル・ファンジオは叔父にあたる。
現役引退後
世界的に活躍した叔父の影響を受け、同じくレーシングドライバーを志した。F1に参戦するチャンスを獲得することは出来なかったが、ヨーロッパF3や国際F3000選手権に参戦して活躍した。80年後半以降は、アメリカに拠点を移し、IMSA GT選手権やインディ・ライツなどで活躍[1]。1992、93年、IMSA GTPのタイトルをトヨタ・イーグルMkⅢで獲得し、ル・マン24時間レースにもTS010で、ヤン・ラマースとジェフ・リースと共に参戦し、セブリング12時間レースでは2回優勝することに成功した。97年限りでCARTからは引退したが、南米ツーリングカー選手権にプジョー・406を駆って出場し、オスカー・ララウリと争そうなど様々なカテゴリーで活躍した[2]。