父はボフチャ(博瑚察)で、佐領を務めた。
「ボフチャ(博瑚察)は正黄旗人であり、ドゥルヒ(都爾希)の長子エヘシャング(額赫商古)の曾孫である。代々ウラ(烏喇)地方に居住していたが、清朝初年に帰順した。官職はもと佐領であった。その長子ノムチ(諾穆斉)もまた佐領を務め、次子のフィヤング(費揚古)は太宗文皇帝(皇太極)の命を受けて包衣佐領に編入され、宮廷内で養育されたのち三等侍衛に任ぜられた。」(『八旗満洲氏族通譜』巻23)
兄はノムチ(諾穆斉)で、もと佐領を務めた。
妻はアイシンギョロ氏(愛新覚羅氏)であり、その父は宗室のムルフ(穆爾祜)、祖父はドロイ・エレフン・ベイレ(多羅安平貝勒、安平貝勒)ドゥドゥ(杜度)である。
- 長子:シンチャン(星禅) - もと副都統。
- 次子:フチャン(富昌) - もと二等侍衛。
- 四子:ウゲ(五格) - 一等公を襲封し、散秩大臣兼佐領を務めた。かつて正黄旗満洲第四参領第十二佐領を担当した(『欽定八旗通志』による)。その子は刑部尚書・荊州将軍のデフ(徳福、ウラナラ氏)。孫娘のウラナラ氏は正白旗満洲の総督アスダ(阿思達)に嫁ぎ、その子には乾隆54年(1789年)己酉科進士のナヤンチェン(那彦成)がいる。
- 娘のウラナラ氏は、雍正帝の孝敬憲皇后となった。