フィレンツェのギルド

From Wikipedia, the free encyclopedia

フィレンツェのギルド
スピーニ・フェローニ宮殿英語版のギルドのシンボル

フィレンツェのアルティイタリア語:Arti di Firenze)は、12世紀から16世紀にかけてフィレンツェの商業と品質管理のために結成された同業者組合(ギルド)であり、後に中世ヨーロッパの歴史で最も裕福な都市であったフィレンツェにおいて重要な政治的役割を持つようになる組織集団のことである。

フィレンツェの最初のギルドは、約1150年の書物には布商人の組合であるArte di Calimalaであると記載されている。1193年になると7つのギルドが形成され、それぞれのギルドからギルドのすべての仕事を管理するメンバーが選出され、それらのメンバーによる協議会(consoli)が発足した。

政治的役割

フィレンツェの政治を行う議会シニョリーアは、大組合(arti maggiori)から6名が、小組合(arti minori)から2名が選出され、それに行政長官である正義の旗手が加わり9人の「Priori」と呼ばれるメンバーによって行われた[1]。 「七大ギルド」について明確に記述されたのは、1197年である[2]

アルティの一覧

Arti Maggiori(大組合)

大組合 シンボル 職種 設立 序列 備考
Arte dei Giudici e Notaiイタリア語版 裁判官、弁護士、公証人 1197年[3] 1 1236年のリスト「七大ギルド」の第1位[4]1282年のリストで現在は大英博物館に収蔵されている「12大ギルド」の第1位[5]、そして1415年に改訂された「七大ギルド」でも第1位に記載されている[6] 。1597年に廃止され、同年"College of Judges and Notaries"が設立される[7]
Arte di Calimalaイタリア語版 外国布の染色屋、仕立て屋、取扱い商人 およそ 1190年[8] 2 書物によると、もともと「 Mercantati o Arte di Calimala」と記載されている最古のギルドである。13世紀初頭から、シニョーリアにPrioriを選任する権利を有する三大ギルドの一つ
Arte della Lanaイタリア語版 羊毛製造加工、取扱い商人 1192年以前[9] 3 (1282)
4 (1236)
13世紀初頭から、シニョーリアにPrioriを選任する権利を有する三大ギルドの一つ。1236年における序列は4位であったが、1282年サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂建設に携わったことから3位に格上げされた[10]
Arte del Cambioイタリア語版 銀行、両替商 1197年以前[3][11] 4 (1282)
3 (1236)
13世紀初頭から、シニョーリアにPrioriを選任する権利を有する三大ギルドの一つ。
Arte della Setaイタリア語版 絹織物業、取扱い商人 1192年以前[9] 5 ブロンズ像職人も含む。1283年からPrioriに選出し始める。
Arte dei Medici e Spezialiイタリア語版 医師薬剤師 1197年[3] 6 1283年以降Prioriに選出し始める。1314年から画家も参加し、1378年に分離独立。また、スパイス、染料、医薬品の販売店主が含まれていた。[1]
Arte dei Vaiai e Pellicciaiイタリア語版 毛皮加工業者、商人 1197年[3] 7 1283年以降Prioriに選出し始める。

arti minori(小組合)

小組合 シンボル 職種 設立 序列 備考
Arte dei Beccaiイタリア語版 精肉店、牧畜業者 およそ1236年[12] 8 1236年の14団体ある小組合の第一位(大組合もいれて実質8位)、1280年に小組合から格上げされた5団体からなる中組合の第一位となるが、1415年に中組合は解散され小組合の第一位に差し戻しとなる[13]関連する商売にはpescivendoli (鮮魚店)も含まれる[14]
Arte dei Fabbriイタリア語版 鍛冶屋 1236年以前[15] 9 (1415)
10 (1236)
1236年に小組合の第3位、1285年には中ギルドの第3位、1415年に靴職人を抑え第2位となる[16]
Arte dei Calzolaiイタリア語版 製靴 1236年以前[17] 10 (1415)
9 (1236)
長い間小組合の2位であったが、 1415年Fabbri (鍛冶屋組合)に明け渡す。1280年のリストでは、なめし加工業者と関連がある製革服工も含まれていた。
Arte dei Maestri di Pietra e Legnameイタリア語版 石工、樵 1236年以前[18] 11 (1280)
12 (1236)
1236年のリストでは Muratori e Scarpellini と記載されている。小組合第5位であったが、4位であった製革工、なめし加工業者の組合が格下げとなったことから繰り上がった。彫刻家も含む
Arte dei Linaioli e Rigattieriイタリア語版 リネン製造、小売布販売業と仕立て屋 1266年[19] 12 (1280)
16 (1236)
1236年では、リネン呉服屋や亜麻作業者は低い階級であったが、他の小売などと合併し階級を上げた。[20]
Arti dei Vinattieriイタリア語版 ワイン醸造 1266年 13 (1236) -
Arti degli Albergatoriフランス語版 宿屋 1282年[21] 14 (1282)
21 (1236)
もともと小組合の最下位であったが、Albergattori maggior(宿屋マスターの称号)の下、位階を上げた。(ワイン醸造業の一部であった酒場のマスターなども取り込んだ)[21]
Arti dei Cuoiai e Galigaiフランス語版 製革工、なめし加工業者 1282年 15 (1415)
16 (1282)
11 (1236)
年代によって位階が上下する
Arti dei Oliandoli e Pizzicagnoliフランス語版 オリーブオイル製造業者と販売業 1236年以前[22] 16 (1415)
15 (1236)
提供販売屋は、1282年と1295年のリストでは「塩屋」(Arti dei Venditori del Sale)と記載されていた[22][23]その後再度Olianodoliに改名。1328年には、biadaiuoli(ろうそく屋)、casciaiuoli(製靴屋)、biccheierai(製ガラス)、funai(ひも製造)とsaponai(石鹸製造)に関連していると指摘されている。[24]
Arti dei Correggiaiフランス語版 馬具製造業 1236年以前[25] 17 (1415)
19 (1236)
1282年には、Arte de' Sanollacciai e Coreggiai e Scudai (ハーネス製造業、鞍と盾製造)と記載されている[26]。1285年のリストには頭絡の製造業が、 1309–16年にはronzoni (馬のディーラー)、 1321年にはvaginari (製造)が加わった。
Arti dei Chiavaiuoliフランス語版 錠前屋, 工具製造、braziers 18 (1415)
18 (1282)
17 (1236)
1282年にはArti dei Chiavaiuoli e Ferraiuili - Vecchi e Nuovi(錠前屋と鉄細工職人(もしくは刃物工具)の組合-昔と今)に名称が拡張された。 1301-09年には、「Chiavaiuoli, Ferraiuilli and Calderai」と呼ばれたが、1415年には 「Chiavaiuolli」と短縮された[27]
Arti dei Corazzai e Spadaiイタリア語版 鎧鍛冶武具職人 1236年以前[28] 19 (1415)
17 (1282)
18 (1236)
年代によって位階が上下する
Arti dei Legnaioliフランス語版 大工 1236年以前[29] 20 (1236) -
Arti dei Fornaiフランス語版 製パン製粉業者 1236年以前[30] 21 (1282)
14 (1236)
-

関連項目

参考資料

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI