フェラーリ・125S
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
アルファロメオのレースチームから独立したフェラーリが、自動車メーカーとして発表した処女作。車名の"125"とはシリンダーあたりの容積125cc(124.73cc)、"S"はイタリア語のベットゥーラスポルト (vettura sport, スポーツカー) を意味する。なお、前身のアウト・アヴィオ・コストルツィオーニ(Auto Avio Costruzioni )時代の1940年には、ミッレミリア参戦用にティーポ815を製造しており、125Sは「フェラーリの名を冠した最初のモデル」という位置づけにある[注釈 1]。
第二次世界大戦終結後、創業者エンツォ・フェラーリの元にアルファロメオ時代のエンジニア、ジョアッキーノ・コロンボが訪れ、V型12気筒エンジンの開発を提案。エンツォもこれに同意し、1945年に製造計画が始まった。コロンボが描いた車体・エンジンの設計図をもとに、ジュセッペ・ブッソとルイジ・バッツィが開発を担当した。
1946年9月にエンジンが完成。同年12月の記者会見では125Sに加え、ロードカーの「125GT」とF1参戦用の「125F1」の製造も発表されたが、GT市販計画は実現しなかった。1947年3月12日にはボディ非架装状態で完成し、元レーサーのエンツォ自ら本社のあるマラネッロ近郊で試運転のハンドルを握った。
1947年後半、2台の125Sはレース活動を終え166にアップグレードされ、資金調達のため最初の顧客であるロシア貴族へと売却された。
後にその166はアメリカの自動車販売会社が買収。シリアルナンバーを調査したところ「010I」と刻印されたアルミプレートの下から「01C」と書かれた古い刻印を発見し、166にアップグレードされた125Sだということが明らかになった。
2000年代初頭にオリジナルの部品を用いて125Sとして復元。 現在はロサンゼルスにあるピーターセン自動車博物館が所蔵し、展示を行っている。 フェラーリ・ミュージアムやフェラーリ美術館(ガレリア・フェラーリ)に展示されている125Sは、当時の図面を元にフェラーリが復元したレプリカである。

特徴
レース活動
注釈
- 1939年にエンツォ・フェラーリがアルファロメオを退社した際、「4年間はフェラーリ名義でレース活動を行わない」という誓約を交わしたため、ティーポ815にはフェラーリの名が付けられなかった。