フェルミン・ムグルサ
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経歴
ギプスコア県イルン出身[1]。1980年代にはコルタトゥというグループ(スカ=パンク)のボーカルとなり、ついで1990年代のスペイン・ロックシーンを代表するロックバンドであるネグ・ゴリアック(ハードコア=パンク=フュージョン)でボーカルを務めた[1]。同時に、バスクのレーベル「エシャ・ノセンキ」を率い、度々イタリアのレーベル「グリダロ・フォルテ」と共に仕事をしている。1999年にソロ活動をスタートさせ[1]、自らの名フェルミン・ムグルサを冠した新たなグループを結成。ロックステディ・ロック・サルサ・ダブ・ジャングル・ドラムンベースを混合した音楽的実験を行っている。2001年、2004年、2007年、2013年にはフジロック・フェスティバルに出演するために訪日した[1]。
彼のアルバムでは、マヌ・チャオ・ゼブダ・マッド・プロフェッサーをはじめとする、多くのミュージシャンがコラボレートしている。マヌ・チャオはもっとも尊敬するアーティストにムグルサの名前を挙げている[1]。
ディスコグラフィ
- ブリガディスタック・サウンド・システム, 14曲, Esan Ozenki, 2000.
- FM 99.00 ダブ・マニフェスト, 10曲, Esan Ozenki, 2001.
- インコムニカシオア, 10 曲, Pヴァイン・レコード, 2003.