フォード・グラナダ (ヨーロッパ)
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初代 (1972年 - 1977年)
| フォード・グラナダ(初代) | |
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| 概要 | |
| 製造国 |
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| 販売期間 | 1972年 – 1977年 |
| ボディ | |
| ボディタイプ |
2/4ドアセダン 5ドアステーションワゴン 2ドアクーペ |
| パワートレイン | |
| 変速機 |
4速MT 3速AT |
| 車両寸法 | |
| ホイールベース | 2,718 mm[1] |
| 全長 | 4,572 mm |
| 全幅 | 1,791 mm |
| 全高 | 1,369 mm[2] |
| 車両重量 | 1,190-1,430 kg |
1972年3月に登場。それまで欧州フォードの上級車は英国ではゼファー・ゾディアック、西ドイツではタウヌス17M/20M/26Mという全く別のモデルが生産されていたが、1967年のエスコートに始まり、1969年のカプリ、1970年のタウヌス13-15M/コーティナと進行してきた英独生産モデルの統合が、このグラナダの登場によって完結した。なお、デビュー当初は廉価版は「コンサル(Consul)」という、英国フォードで長年使われた名称が与えられて別車種とされていたが、1975年には全車種が「グラナダ」に統一された。
グラナダは機構的には既存フォード各車の方式を踏襲していた。エンジンはイギリス生産車ではV型4気筒2,000cc、V型6気筒2,500/3,000ccのいわゆる「エセックス」エンジンが搭載され、ドイツ生産車にはタウヌス17Mに用いられていたV型4気筒1700cc、V型6気筒2,000/2,300/2,600ccの「ケルン」エンジン、そして英国と同じV6・3000ccが積まれていた。ドイツ生産車のV4エンジンは1974年に、アメリカのピント用に開発・生産されていた直列4気筒エンジンに置き換えられた。サスペンションはタウヌス13-17M/コーティナと同じ形式で、前が欧州フォードが開発したマクファーソン・ストラットではなくダブル・ウィッシュボーンの独立、後はコイルスプリングで吊られた固定軸であった。ゼファー・ゾディアックのブレーキは当時としては珍しい4輪ディスクであったが、グラナダでは後輪はタウヌス17M/20M/26M と同じく、ドラムに戻された。
ボディバリエーションには2ドア・4ドアセダン、5ドアワゴン、2ドアクーペがあった。クーペは当初コークボトル型の丸みを帯びたスタイルで西ドイツでのみ販売され、英国では売られなかったが、1974年にシリーズ全体がマイナーチェンジを受けた際に直線的なスタイルに改められ、英国でも最上級の「ギア」(従来の「GLX」から改称)仕様に限って販売されるようになった。
グラナダは南アフリカでも生産され、現地の道路事情に合わせてV8エンジン搭載車も作られた。また、日本にも1973年頃まではディーラーの近鉄モータース・ニューエンパイヤモーターなどから輸入されていた。