2006年、1980年代後半の「アンファール作戦」において、参謀次長としてクルド人虐殺を指揮したとして、イラク高等法廷に人道に対する罪、ジェノサイド罪、戦争犯罪の罪で訴追される。当初、検察側は、フセイン・ラシードに被告では無く検察側証人として出廷するなら訴追を取り消すと司法取引を持ちかけたが、『自分は無実を証明する』と拒否された。フセイン・ラシードは、裁判で無罪を主張し、あくまで『自分は軍事作戦を指揮しただけで、民間人の殺害は命令していない』と主張した。
2007年4月2日、検察側はフセイン・ラシードを含む被告5人に死刑を求刑し、6月24日、イラク高等法廷はフセイン・ラシードに絞首による死刑判決を下した。裁判長が判決文を読み上げる際、フセイン・ラシードは『アッラーは我々殉教者に恵みを与える。勇敢なるイラク軍万歳。偉大なイラク万歳。偉大なバアス党とアラブ万歳。』と叫んだ。
高等法廷第2審も、死刑を命じた第1審判決を支持。ヌーリー・マーリキー首相(シーア派)も刑執行を認める書類に署名したが、ジャラル・タラバニ大統領(クルド人)とターリク・ハーシミー副大統領(スンナ派)が刑執行を「軍人としてサッダームの命令に従ったにすぎず、死刑は重過ぎる」と恩赦を求めて反対したため、本来なら判決から30日以内に死刑執行が行われるはずであったが、刑の執行は2026年現在も延期されている。
2007年8月21日、1991年に起こったシーア派住民虐殺を裁く審理に出廷、2008年12月2日、イラク高等法廷は、フセイン・ラシードに終身刑の判決を下した。