フランク・カンポス
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | カラカス |
| 生年月日 | 1968年11月5日(56歳) |
| 身長 体重 |
185 cm 85 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1987年 アマチュアFA |
| 初出場 | CPBL / 1995年5月7日 |
| 最終出場 | CPBL / 1995年5月7日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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フランク・アレクシス・カンポス・マルティネス(Frank Alexis Campos Martinez[1], 1968年5月11日 - )は、ベネズエラ・カラカス出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
台湾球界での登録名は、弗蘭克。
カラカス高を経て、1987年にシカゴ・カブスと契約し、1990年シーズン途中にシカゴ・ホワイトソックスに移籍。メジャー経験はなく、ホワイトソックス傘下(当時)のAAA級ナッシュビルを経て、1993年秋に日本プロ野球(NPB)の日本ハムファイターズの秋季キャンプに参加し、11月18日にテストを経て入団となった。背番号は42。尚、日本ハム球団としてはジョージ・カルバー以来20年振りに獲得した外国人投手である。
威力のある速球とムービング・ファストボール、スライダーを武器としたが、制球力に難がありオープン戦にて乱打される。そのまま1994年のシーズンが開幕するも、肘の故障で二軍登板すらなく5月18日に早々と解雇され、監督の大沢啓二は「カンポスじゃなくポンカスだった」と呆れていた。日本ハム退団後はホワイトソックスにマイナー契約で復帰するものの、最高でもAA級バーミンハムに終始した。マイナーリーグ通算38勝55敗26セーブ、防御率3.90。
翌1995年シーズン途中に中華職業棒球大聯盟(CPBL)の兄弟エレファンツと契約したが、1試合に登板しただけで退団、その後はメキシカンリーグでプレーし、1997年限りで現役引退。