フランク・ディックシー
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ロンドンで生まれた。父親は肖像画家のトーマス・フランシス・ディックシー(Thomas Francis Dicksee:1819-1895)で妹のマーガレット(Margaret Isabel Dicksee:1858-1903)や弟のハーバート・トーマス(Herbert Thomas Dicksee:1862-1942)も画家となった。おじのジョン・ロバート・ディックシー(John Robert Dicksee :1817-1905)も画家である。父親から美術の教育を受けた後、1871年からロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの美術学校でエドモンド・レイトンやラファエル前派の画家、ジョン・エヴァレット・ミレーに学んだ。すぐに展覧会で賞をとり注目された。
1870年代には絵入り雑誌の「Cassell's Magazine」や「Cornhill Magazine」「The Graphic」などに挿絵を描き、1880年代には、挿絵つきのロングフェローの詩集やシェークスピアの『オセロ』や『ロメオとジュリエット』の出版物に挿絵を描いた。
ディックシーの絵画は神話や文学や聖書に題材を取った絵画や風景画がある。女性や有名人の肖像画も描いた。代表作には『バイキングの葬儀』などがある。
1881年にアカデミー・オブ・アーツの準会員に選ばれ、10年後に正会員となり1924年には会長となった[1]。1925年にナイトに叙せられた。