フランシスコ・ゲレーロ・マリン

From Wikipedia, the free encyclopedia

フランシスコ・ゲレーロ・マリン(Francisco Guerrero Marín, 1951年7月7日1997年10月19日)は、スペインハエン県リナーレス出身の現代音楽作曲家

音楽理論他をフアン・アルフォンソ・ガルシアのもとで学んだ後、ヘルムート・ラッヘンマンの弟子であるマニュエル・イダルゴに師事した。実質的なデビュー作は合唱のための「Anemos B」だが、23歳で「Jondo」(1974)を制作、ガウデアムス賞にノミネートされ、受賞を逃すも脚光を浴びた。彼は「スペインのクセナキス」と呼ばれる一方、エドガー・ヴァレーズような作風の作品も見られる[1]1990年に発表した合唱曲「Nur」で初めてフラクタル理論を取り入れ[2]て以降、カオスフラクタル理論をオーケストラ書式と電子音楽に導入し、その数学的な手腕が注目されたが、その実際はスペインの民族色の現代的な表出にあった。それは彼が弦楽のために連作した「Zayin」で聞かれる辛口のメロディーや、晩年まで制作をつづけたアルベニス作曲「イベリア」のオーケストラ編曲に表れている。

日本への紹介は1995年にハリー・ハルプライヒ秋吉台国際20世紀音楽セミナー&フェスティバルでレクチャーをしたのが最初だったが、その2年後にマドリードで急逝した。

主要作品

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI