フランス国家警察介入部隊
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1972年9月に西ドイツで発生したミュンヘンオリンピック事件は、隣国フランスにおいても、大きな衝撃として受け止められた。レイモン・マルスラン内務大臣は、当時の内務省にはこの種の事案に対応する能力に欠けていると結論せざるをえなかった。またこの時期には、1969年にジロンド県セスタで発生した人質事件、そして1971年のボンタンとビュッフェ事件のように、フランス国内でも人質事件が多発し、警察の対応が課題になっていた[2]。
このことから、公共安全中央局(DCSP)が編成に着手したのがGIPNである。同年10月27日、まずマルセイユで、ジョルジュ・グエン・ヴァン・ロック警視監の指揮下に1個隊が設置された[3]。その後、1985年までに7個隊が編成されたほか、1992年・1993年には、海外県・海外領土に3個隊が追加編成され、計10隊が整備された[1]。
編制
上記の経緯より、フランス本土に7個隊、海外県・海外領土に3個隊の計10個隊の体制をとっていた。その後、2015年4月に国内の7個隊は廃止され、海外の3個隊のみが存続することになった[1]。
- フランス本土
- 海外県・海外領土
人材
GIPNは、フランス国家警察の警察官から選抜され、セミオートマチック・ピストル、サブマシンガン、アサルトライフル、狙撃用ライフル、各種突入用機材など、様々な装備を保有している。
DCSPのもと、サン・マロまたはニースにあるDFPNの施設において心理学者の協力を得て約1年間におよぶ選抜訓練が実施される。
志願者の資格は国家警察官で35歳以下、最低5年間に勤務に従事でき保安条項を満たしていることが条件となる。
約50名程度に絞られた志願者達は第一週から一連の選抜試験を開始し面接、性格検査、戦闘能力、閉所恐怖症、めまい、水泳、障害走などの検査や試験を行なう。この第一週の終わりに不適格者は排除され、残った志願者は4日後に知能試験を始める。これらの選抜試験が終わる頃には志願者の数は約20名程度となりこの時点からGIPNの基礎訓練を履修して各部隊に配属される。
装備
- ベレッタM92F
- グロック17および26
- SIG SAUER P226およびP228
- SP2022
- S&W M686
- マニューリン MR 73
- H&K MP5A3およびSD6,クルツ
- H&K G36KおよびG36C
- SIG SG551および552コマンドー
- PGM ウルティマラティオ
- ステアー SSG
- SIG BLASER R93
- ティッカ T3
- ケブラー製ボディアーマーとヘルメットおよび防弾シールド(カテゴリー2、3、4または5)
