フランソワ・クレール

フランスのサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

フランソワ・クレールFrançois Clerc, 1983年4月18日 - )は、フランスアン県ブール=カン=ブレス出身の元サッカー選手元フランス代表である。ポジションはディフェンダー。日本の一部メディアではクレルクと表記する媒体もある。

ラテン文字 Francois CLERC
生年月日 (1983-04-18) 1983年4月18日(43歳)
概要 フランソワ・クレール, 名前 ...
フランソワ・クレール
名前
ラテン文字 Francois CLERC
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1983-04-18) 1983年4月18日(43歳)
出身地 ブール=カン=ブレス
身長 187cm
体重 77kg
選手情報
ポジション DF (RSB)
利き足 右足
ユース
1992-1997 フランスの旗 ブール=ペロナ
1997-2001 フランスの旗 リヨン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2005 フランスの旗 リヨンB 67 (7)
2004-2005 フランスの旗 トゥールーズ (loan) 7 (0)
2005-2010 フランスの旗 リヨン 78 (1)
2010-2012 フランスの旗 ニース 61 (5)
2012-2016 フランスの旗 サンテティエンヌ 85 (3)
2016-2018 フランスの旗 ガゼレク・アジャクシオ 25 (2)
通算 323 (18)
代表歴
2005-2006  U-21フランス 3 (0)
2006-2008 フランスの旗 フランス 13 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年6月11日現在。
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経歴

オリンピック・リヨンの下部組織出身で、徐々に頭角を現してきている。レンタルのトゥールーズFCから戻った2005-06シーズンにおいてアントニー・レヴェイエールの負傷の穴を埋めたことで重用されるようになった。

この活躍により各国リーグからのオファーも舞い込むこととなり、代表ではEURO2008のエントリーメンバーにも選出。最終節のイタリア戦でウィリー・サニョルに代わって出番を得たが、出場はこの1試合だけでグループリーグ敗退に終わった。

その後右膝の十字靱帯断裂を負ってからは輝きを失い始め、再びレヴェイエールにポジションを奪われてしまい、代表からも疎遠となってしまった。さらにその後はラミーヌ・ガサマも台頭して完全に存在感を失ってしまった。

2010-11シーズン、夏の移籍マーケット最終日にあたる2010年9月1日に駆け込みでOGCニースへ移籍。ニースではレギュラーとして本来の輝きを取り戻した。

2012年7月9日、古巣リヨンのライバルであるASサンテティエンヌへ移籍。

2016年6月9日ガゼレク・アジャクシオへ移籍[1]。2017-18シーズン終了後現役引退。

2019年3月31日ASFアンドレジューの会長に就任した[2]

プレースタイル

  • 大舞台でも変わらぬプレーを見せる安定感と、攻守のバランスの良さが持ち味。攻撃の印象の強いリヨンにおいては攻めあがったセンターバックのカバーもしっかりできる存在である[要出典]

所属クラブ

タイトル

クラブ

ASサンテティエンヌ

脚注

外部リンク

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