フラ・ガルガーリオ

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生誕 (1655-03-04) 1655年3月4日
ベルガモ
死没 1743年12月(88歳)
ベルガモ
フラ・ガルガーリオ
Fra Galgario
自画像 (1732)
生誕 (1655-03-04) 1655年3月4日
ベルガモ
死没 1743年12月(88歳)
ベルガモ
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フラ・ガルガーリオとして知られるジュゼッペ・ジスランディ( Fra Galgario、元の名はGiuseppe Ghislandi、修道会に入信した後の名はVittore Ghislandi、1655年3月4日[1] - 1743年12月)は、イタリアの画家である。

ロンバルディアベルガモで画家の息子に生まれた。宗教画を描くベルガモの画家ジャコモ・コッタ(Giacomo Cotta: 1627-1689)[2]やバルトロメオ・ビアンキーニ(Bartolomeo Bianchini: 1635-1711)に美術を学んだ。16世紀からベルガモで活動したジョヴァンニ・バッティスタ・モローニ(1522-1579)やカルロ・チェレーザ(Carlo Ceresa: 1609-1679)、エヴァリスト・バスケニス(1617-1677) といった画家たちの作品から影響を受けたと考えられている。

1675年にヴェネツィアのサン・フランチェスコ・ダ・パオラ修道院(convento di San Francesco da Paola)の信徒となり、名前をヴィットーレとした。ヴェネツィアには1688年まで留まり、ティツィアーノパオロ・ヴェロネーゼの作品を研究した。

一度ベルガモに戻った後、1690年から再びヴェネツィアでセバスティアーノ・ボンベッリ(Sebastiano Bombelli: 1635-1719)のもとで働き、ニッコロ・カッサーナ(Niccolò Cassana: 1659-1714)やヤン・クペツキー(1667-1740)といった肖像画家たちのスタイルからも影響を受けた。

1701年頃、ベルガモに戻り、地元の貴族たちの肖像画を描いた。1702年にベルガモのサン・フランチェスコ・ダ・パオラ教会(chiesa di San Francesco da Paola、別名:Chiesa del Galgario)で宗教生活に入り、 「Fra Vittorio」や「Fra Galgario」の名で知られるようになった。

肖像画家として高い評価を得て、イタリア各地の美術アカデミーの会員の称号を得た。

作品のうち、「婦人の肖像英語版」はオランダのユダヤ人美術商ジャック・グードスティッカーが所有していたが、ナチスの略奪に遭い、所在が分からなくなっていた[3]。その後、アルゼンチンに逃亡した元ナチスの高官の家族が自宅を売りに出す際の広告写真がきっかけで所在が判明した[3]

作品

脚注

参考文献

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