フローラ (メルツィ)

From Wikipedia, the free encyclopedia

製作年1520年ごろ
種類板上に油彩 (キャンバスに移し替え)
寸法76 cm × 63 cm (30 in × 25 in)
『フローラ』
ロシア語: Флора
英語: Flora
作者フランチェスコ・メルツィ
製作年1520年ごろ
種類板上に油彩 (キャンバスに移し替え)
寸法76 cm × 63 cm (30 in × 25 in)
所蔵エルミタージュ美術館サンクトペテルブルク

フローラ』(: Флора, : Flora)、または『ラ・コルンビーナ』(: La Columbina)は、イタリアルネサンスの画家フランチェスコ・メルツィ (1491–1570年) が1520年ごろに制作した絵画である[1]。ルネサンスの画家たちに人気のあったローマ神話の春と花の女神フローラを描いている[2]。片胸を露出したポーズから愛人か高級娼婦の肖像とも推測されるが、その場合はフローラに見立てて寓意化しているものと見られる[3]。作品は1649年にマリー・ド・メディシスのコレクションにあったが、1850年以来、サンクトペテルブルクエルミタージュ美術館に所蔵されている[3][4]

『フローラ』はレオナルデスキ英語版レオナルド・ダ・ヴィンチの追随者)に典型的な様式で描かれている。レオナルド的な類型の伏し目の女性の顔 (ルーヴル美術館にあるレオナルドの『聖アンナと聖母子』の聖アンナに類似している[3]) とスフマートの技法を用い、レオナルド的な植物と髪の細やかな観察への傾向を示している[5]。構図の点では、フローラはシダツタに囲まれて洞窟の中にいる。彼女は古代ローマ人の衣服[6]、すなわち金糸の刺繍のあるストラと肩に掛けられた青色のパルラ (布)英語版を身に纏っている。膝の上には白いジャスミンがあり、左手には オダマキ (英語の一般名は「columbine=コロンバイン」) の枝を持っており、かつての本作の名称「ラ・コルンビーナ」の由来となった[3][7]

フローラを取り囲む植物は16世紀と17世紀の鑑賞者には象徴的な意味を持っていた。たとえば、オダマキは豊穣の象徴であり[4]、フローラのはだけた胸の横でオダマキは彼女の「花の母」としての役割を強調している[5]。彼女の右手のジャスミンは純潔を象徴する[4]。パルラの襞の中のアネモネは再生を表す[4]古代ギリシアでは、アネモネはまた「風の花」でもあった。それゆれに、アネモネはフローラが西風の神ゼピュロスとの結婚の経緯を示している[5]。 画面上部右側のツタは永遠性を象徴し、上部左側のシダは洞窟にいる孤独を反映している[8]

帰属

フランチェスコ・メルツィ『ウェルトゥムヌスとポモナ』、1518-1522年ごろ、絵画館 (ベルリン)

メルツィはレオナルド・ダ・ヴィンチの弟子で、彼が本作で用いている技術はレオナルドの技術を非常にうまく真似ているため、作品がニコライ1世 (ロシア皇帝) のためにエルミタージュ美術館に購入された時はレオナルドの真作であると考えられた[9]。美術館に収蔵されると、研究者たちは作品を様々なレオナルドの追随者に帰属した[3]。1871年に、ジョゼフ・クロウ英語版ジョヴァンニ・カヴァルカセッレ英語版は、作品がアンドレア・ソラーリ英語版に帰属されるべきであると主張した[10]。1892年に、ジョヴァンニ・モレッリジャンペトリーノ英語版の制作であると主張した[11]。1899年に、ジョージ・C・ウィリアムソン英語版ベルナルディーノ・ルイーニの作品であると主張した[12]。クロード・フィリップス (Claude Phillips)は『フローラ』を「謎」と呼び、下絵はレオナルドによるもので、彩色は弟子によるものであるという印象を持った[7]

『フローラ』のメルツィへの帰属は、画家の他の作品、とりわけ絵画館 (ベルリン) にある『ウェルトゥムヌスとポモナ』との類似性にもとづいている[4][5]アドルフォ・ヴェントゥーリ英語版は、いかに「同じ誘惑的で優しい女性の魅力と、同じ古代ギリシア的精神が『ラ・コルンビーナ』に『ウェルトゥムヌスとポモナ』同様に現れている」かについて記述している[13]ロドマン・ヘンリー英語版は同様にこの類似性に着目したが、メルツィが画家であったという証拠がないため、2作品を彼に帰属することはできないと主張した[14]。しかし、メルツィの署名の痕跡が1963年に『フローラ』の画面下部左側に発見され、彼への帰属が補強されることになった[15]

『フローラ』、『ラ・コルンビーナ』という名称とともに、この絵画は時に『虚栄』、『ジョコンダ』とも呼ばれてきた。さらに、絵画が肖像画であると考えられた時は、フランソワ1世 (フランス王) の愛妾『バブー・ド・ラ・ブルデジエール英語版夫人の肖像』とも呼ばれた[5]

来歴

H・ウェイナンズ (H. Wijnands) 『デン・ハーグのクヌーテルデイク宮殿の王ウィレム2世』 (King Willem II in the Kneuterdijk Palace in The Hague) 、1847年、板上に油彩、33 x 43 センチ。 Stichting Historische Verzamelingen van het Huis Oranje-Nassau蔵 (デン・ハーグ) 。上部右側の鎧の上に『フローラ』が掛かっているのが見える[16]

絵画の知られている所有歴は以下の通りである[17]

状態

『フローラ』は板に油彩で描かれたが、19世紀にキャンバスに移し替えられた。それにもかかわらず、絵具の層はよい状態にあると報告されており、下絵もよく保存され、表面に損傷などはあまりない[2]

2019年に、絵画はエルミタージュ美術館のマリア・ヴャチェスラヴォヴナ・シュレポヴァ (Мария Вячеславовна Шулепова) により修復を受けた。それ以前、絵画は黄ばんだニスによって覆われていたため細部は隠され、背景は平坦なものとなっていた。ニスはまた、フローラが身に着けているウルトラマリンのパルラを緑色に見せていた。絵具層の分析は、さらにメルツィがパルラを描く際、安価な藍銅鉱の上に高価なウルトラマリンを塗り重ねて「騙そう」としたのではないことを明らかにした。むしろ、富裕であったメルツィはパルラ全体を純粋なウルトラマリンで彩色する経済的余裕があったのである[2]

大衆文化との関わり

『フローラ』はイタリアの歌手マンゴ英語版の2009年のアルバム『愛は窓英語版』に登場している[19]

2012年、『フローラ』の16世紀の複製がクリスティーズの競売でロシアのサンクトペテルブルクの個人収集家に937,250ポンドで売却された[20][21]

複製

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI