フーベルト・マウラー
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現在はボンの一部になっている、レットゲン(Röttgen)に生まれた。はじめバイエルンの宮廷画家、ヴィンター(Johann Georg Winter :1707-1770)に学んだ。1764年にウィーン美術アカデミーに入学した。指導を受けたの妄想・幻覚に悩まされていたことで知られる彫刻家のメッサーシュミット(Franz Xaver Messerschmidt:1736-1783)である。
1772年から1776年までローマに滞在した。これは「Deutschrömer」(ドイツローマ人)と呼ばれることになるローマで修行したドイツ人芸術家の最初のグループの一人であった。この時、「新古典主義」の先駆者とされるアントン・ラファエル・メングス(1728-1779)と知り合い影響を受けた。
1785年から美術アカデミーの教授となり、その後32年間にわたって基礎クラスで指導することになった。当時のウィーン美術アカデミーはヨーロッパで最大の美術学校であり、高い評価を得ていた。
マウラーは学生の教育のためにイタリア美術を研究し、教材としての美術品を収集した。