ブルース・ボウクレア
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ニューヨーク・メッツ時代 (1978年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | コネチカット州 |
| 生年月日 | 1952年12月9日(72歳) |
| 身長 体重 |
190 cm 90 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1970年 MLBドラフト20巡目 |
| 初出場 |
MLB / 1974年9月11日 NPB / 1980年5月30日 |
| 最終出場 |
MLB / 1979年9月30日 NPB / 1980年10月17日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ブルース・アーマンド・ボウクレア(Bruce Armand Boisclair, 1952年12月9日 - )は、アメリカ合衆国コネチカット州出身の元プロ野球選手(外野手)。
1970年のMLBドラフト20巡目でニューヨーク・メッツに指名され契約。1974年9月11日の対セントルイス・カージナルス戦(シェイ・スタジアム)で、延長23回裏にダフィー・ダイアーの代走として出場しメジャーデビューを果たす。同年には日米野球で日本を訪れており、一行の中にはトム・シーバー、ジョー・トーリ、ウェイン・ギャレットらがいた。
1980年、デーブ・ヒルトンに代わる外国人としてNPBの阪神タイガースに入団。成績的には平凡であったが、特に大きな穴があるわけではなく、シーズン終了時点で27歳と若かったため球団は契約を望んだが、ボウクレアがメジャー復帰を望んで退団し、帰国した。しかし、結局メジャーに復帰することはなかった。なおボウクレアの入団はフロント主導で進められた為、当時の阪神監督のドン・ブレイザーはこれを「フロントによる現場への介入」と認識、シーズン途中で退団している。
前年に阪神に在籍した外国人選手のリロイ・スタントンと合わせて、「スカタンにボンクラ」などとも呼ばれた。