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ブルームスティック

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欧字表記 Broomstick
性別 牡
ブルームスティック
欧字表記 Broomstick
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 鹿毛
生誕 1901年
死没 1931年3月24日
父 Ben Brush
母 Elf
母の父 Galliard
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 Colonel Milton Young
(McGrathiana Stud)
馬主 S. S. Brown
→Harry Payne Whitney
調教師 Peter Wimmer
→Bob Tucker
競走成績
生涯成績 39戦14勝
獲得賞金 74,730ドル
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ブルームスティック(Broomstick、1901年 - 1931年)は、アメリカ合衆国のサラブレッドの競走馬、および種牡馬。競走馬としてトラヴァーズステークスなどに優勝したのち、種牡馬として3年連続のリーディングサイアーとなった。1965年にアメリカ競馬殿堂入りを果たした。馬名は英語で箒の柄を意味する。

ミルトン・ヤングの運営するケンタッキー州のマクグラシアナスタッドで生まれたサラブレッドである。ブルームスティックはブラッド・ホースにおける記事中で「ポニーよりは大きい程度」と形容されるほど馬格が小さく、また一方でその精神面の強さが大きく評価されていた[1]。

ブルームスティックは1歳のときに、ピッツバーグの炭鉱王にして競馬場所有者であったサミュエル・S・ブラウンに、同牧場の1歳馬10頭セットとして合計17000ドルで購入された。2歳時はピーター・ウィマー調教師のもとで競走馬としてデビューし、グレートアメリカンステークスなどのステークス競走3勝を挙げている。

3歳のときに調教師がボブ・タッカーに替わり、同調教師のもとでトラヴァーズステークスなどで優勝した。しかし同年のブルームスティックの挙げた勝鞍で最も評価されたのはブライトンハンデキャップの一戦で、古馬を相手にしながら2分2秒80の勝ち時計で優勝し、当時のダート10ハロン(約2012メートル)のアメリカレコードを塗り替える快挙を成し遂げた。この記録はその後9年間破られることがなかった[2]。

4歳時も競走を続け、15戦5勝の戦績を挙げているが、ステークス競走ではセンチュリーカップ2着が最高と結果を残せなかった。その大きな要因となったのが同年3歳になったサイゾンビーの活躍であり、センチュリーカップにおいてもサイゾンビーに2馬身離されて敗れている。

引退後

1906年に引退し、ブラウンの所有するケンタッキー州レキシントンセニョリータスタッド(現ケンタッキーホースパーク)で種牡馬となった[1]。その同年に所有者であったブラウンが没したが、ブルームスティックはその後もしばらく同牧場に留め置かれた。

その後の1908年11月23日に、当時のホイットニー家の当主であったハリー・ペイン・ホイットニーに7250ドルで購入された[2]。ホイットニーはブルームスティックの初年度産駒であるウィスクブルーム(ウィスクブルームII)の所有者で、それを購入と管理を担当した調教師のアンドリュー・ジャクソン・ジョイナーによる強い勧めでブルームスティックの購入を決めている[1]。ブルームスティックはまずニュージャージー州のブルックデールファームに移され、後にケンタッキー州のホイットニーファーム(現ゲインズウェイファーム)に移動した。

平均産駒数は1年で11頭ほどと少なかったが、その生涯で出した産駒280頭のうち74%が勝ち上がりを決め、さらに25%(全部で69頭)はステークス競走勝ち馬という、非常に内容の濃いものであった[1]。これらの産駒の活躍もあり、ブルームスティックは1913年から3年間に亘ってアメリカリーディングサイアーに輝いている。

ブルームスティックの産駒を代表する馬として、史上初の牝馬によるケンタッキーダービー制覇を成し遂げた1912年生のリグレット、初のニューヨークハンデキャップ三冠を達成したウィスクブルームがいる。この他では14歳まで走り続けて266戦78勝を挙げたティッピーウィケット(Tippity Witchet 1915年生、せん馬)、イギリスで競走生活を送って2000ギニーに優勝したスウィーパー(Sweeper 1909年生、牡馬)などがいる。後継種牡馬としてはウィスクブルームなどが活躍したが、現在ではその子孫は残っていない。

ブルームスティックは没する間際の30歳でも種付けをこなしていた。1931年3月24日に死亡し、同牧場の墓地のウィスクブルームの隣に埋葬された。

評価

主な勝鞍

※当時はグレード制未導入

1903年(2歳) 9戦3勝
グレートアメリカンステークス、ジュヴェナイルステークス、エクスペクテイションステークス
2着 - サラトガスペシャル、ウォルデンステークス、フラットブッシュステークス、グレートトライアルステークス、スプリングステークス
1904年(3歳) 15戦6勝
トラヴァーズステークス、ブライトンハンデキャップ、フライングハンデキャップ
2着 - マーチャンツ&シチズンズカップ、ヒンドゥーカップ
1905年(4歳) 15戦5勝
2着 - センチュリーカップ

種牡馬成績

表彰

血統

出典

外部リンク

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