プロクルス・ウェルギニウス・トリコストゥス・ルティルス

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出生 不明
死没 不明
出身階級 パトリキ

プロクルス・ウェルギニウス・トリコストゥス・ルティルス
Proculus Verginius Tricostus Rutilus
出生 不明
死没 不明
出身階級 パトリキ
氏族 ウェルギニウス氏族
官職 執政官(紀元前486年)
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プロクルス・ウェルギニウス・トリコストゥス・ルティルスラテン語: Proculus Verginius Tricostus Rutilus)は共和政ローマ初期の政治家・軍人。紀元前486年執政官(コンスル)を務めた。

執政官

紀元前486年に執政官に就任。同僚執政官はスプリウス・カッシウス・ウェケッリヌスで、彼にとって三度目の執政官であった[1][2]。ルティルスはアエクイ族との戦争を担当することとなり、アエクイ領に侵攻した。農村部のアエクイ人は貴重品と共に都市に避難しており、またアエクイ軍も出撃してこなかったため、農村部で容易に略奪が行えた[3]。ローマに戻ると、同僚のウェケッリヌスが提案した土地分配法に反対した[4][5]。ウェリケッリヌスは王位を狙っているとして非難され、執政官の任期が切れた翌紀元前485年に裁判にかけられ死刑となった[4]

脚注

参考資料

関連項目

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