プー・カオ山はヒンドゥー教の宇宙論において、最高神シヴァの住処である聖山カイラス山、あるいは宇宙の中心である須弥山を象徴している。
6世紀から8世紀にかけて、プーカオ山の周辺は「真臘」と呼ばれるマンダラの主要な中心地となり、特に山麓のクルクシェートラは、水真臘・陸真臘に分裂した際、陸真臘の首都であったと考えられている[2]。
プーカオ山は、古代サンスクリット語で「リンガの山」を意味するリンガパルヴァータという名で知られていた。頂上の自然な石(高さ約10メートル、幅約9メートル)の突起が巨大なリンガに見えることから、山自体がヒンドゥー教の主神シヴァの居所であると考えられた[2]。
5世紀半ばの銘文によれば、当時この地域は地元の支配者(おそらくクメール系)によって統治されており、プーカオ山はシヴァ神を祀る宗教的祭祀の場であった。中国の歴史書『隋書』には、6世紀後半においても、この山の聖域で王自らが司祭を務める儀式が行われていたことが記録されている[2]。
ワットプーからプーカオを望む
山の麓には、11世紀から13世紀にかけて最盛期を迎えたクメール様式の寺院遺跡ワット・プーが広がる。この寺院の配置は、プーカオ山を背景とし、メコン川へと至る軸線上に設計されており、山を信仰の対象とする宇宙観を物理的に表現している[2]。
聖なる水
プーカオ山の山腹、ワット・プー本殿の背後には、岩肌から絶えず水が滴り落ちる聖なる泉が存在する。古代の人々は、この水が頂上のリンガを伝って染み出し、浄化されて流れてくる聖水であると信じていた。この泉の水を本殿へと導くための精巧な導水管の跡も残されており、王の沐浴や儀礼に使用されていた[2]。最初期のヒンドゥー化した統治者たちに、この地にシヴァ派の聖地を建設する霊感を与えたことは間違いない[4]。
かつてはヒンドゥー教の聖地であったが、ラーンサーン王国による支配を経て上座部仏教が普及した後も、プーカオ山への信仰は形を変えて存続した[2]。
現在、ワット・プー本殿には仏像が安置されており、毎年旧暦3月の満月の時期「マカブーチャ(万仏節)」には、全国から数千人の巡礼者が集まる大規模な「ワット・プー祭り」が開催される[2]。