ヘスース・リランソ
ドミニカ共和国のプロ野球選手
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ヘスス・マニュエル・リランソ(Jesús Manuel Liranzo、1995年3月7日 - )は、ドミニカ共和国・ラ・ロマーナ州出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。
| 東京ヤクルトスワローズ #62 | |
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2026年3月14日 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | ラ・ロマーナ州 |
| 生年月日 | 1995年3月7日(31歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 247 lb =約112 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2012年 アマチュアFA |
| 初出場 | NPB / 2026年3月28日 |
| 年俸 | 9400万(2026年)[3] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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経歴
ブレーブス傘下時代
2012年5月4日にアトランタ・ブレーブスと契約を結びプロ入り[4]。DSLブレーブスでデビュー。3試合で防御率11.57を記録し、2013年6月14日にリリースされた[5]。
オリオールズ傘下時代
2013年7月10日、ボルチモア・オリオールズとマイナー契約した[6]。DSLオリオールズで6試合(2先発)に登板したが、0勝1敗、防御率8.71で10回1/3で9奪三振だった。
2014年、右肘のトミー・ジョン手術を受けた後シーズンを欠場した[7][8]。彼は2015年にDSLオリオールズで復帰し、23試合の登板で38回1/3を投げ、46奪三振、3勝2敗、防御率2.35を記録した[9]。
2016年、A級デラウェア・ショアバーズとAA級のボウィー・ベイソックスで合計27試合に出場し、53回で66奪三振、1勝1敗、防御率1.87を記録した[10]。2016年11月18日、オリオールズがルール5ドラフトから保護するため、40人枠のロースターに追加した[11][12]。
2017年、AA級ボウイで31試合(先発12試合)に出場し、65回で75奪三振を記録しながら、3勝4敗、防御率4.85を記録した。2018年3月29日、開幕ロースターから外された[13]。
パイレーツ傘下時代
2018年4月2日、ルイス・イースラとのトレードでロサンゼルス・ドジャースに移籍した[14][15]。翌日、ザック・ニールの昇格に伴い、DFAされ、4月5日、ピッツバーグ・パイレーツにウェイバー移籍した[16][17][18]。AA級アルトゥーナ・カーブとAAA級インディアナポリス・インディアンスで41試合に出場し、57回で65奪三振、7セーブを記録し、通算成績は2勝3敗、防御率3.95だった。
2019年6月5日、イェフリー・ラミレスの獲得に伴い、パイレーツからインディアナポリスに配属された[19][20]。インディアナポリスとアルトゥーナでの42試合の登板で、59イニングで54奪三振、2セーブ、2勝4敗、防御率5.03を記録した。シーズン終了後の11月4日にフリーエージェントになった[21]。
2020年1月1日、サンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ[22]。COVID-19の影響によりマイナーリーグの試合が開催されなかったため、2020年は試合に出場しなかった[23]。11月2日にフリーエージェントになった[24][25]。
ダイアモンドバックス傘下時代
2021年6月5日、アリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ[26]。AAA級リノ・エイシズで16試合に登板し、17回2/3で22奪三振、2セーブを記録し、防御率は3.06であった。
2022年、AAA級リノで15試合に登板したが、0勝2敗、防御率8.36、14回で22奪三振だった[27]。
タイガース傘下時代
2022年7月6日、デトロイト・タイガースに移籍した。彼はAAA級トレド・マッドヘンズで4試合に登板したが、3回2/3で5奪三振、防御率17.18だった。8月4日にリリースされた[28]。
ナショナルズ傘下時代
2023年1月3日、ワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ[29]。AAA級ロチェスター・レッドウィングスで2試合に登板したが、2回で3奪三振、0勝1敗、防御率18.00だった。5月9日にナショナルズからリリースされた。
米独立リーグ時代
2023年6月6日、アトランティックリーグのランカスター・バーンストーマーズと契約した[30]。バーンストーマーズで8試合に登板し、10回で18奪三振、防御率0.90を記録した。
ヤンキース傘下時代
2023年6月27日、ニューヨーク・ヤンキースに移籍した。AA級サマセット・パトリオッツで20試合に登板し、3勝1敗、防御率7.09、35奪三振を記録した。また、AAA級スクラントン/ウィルクスバリ・レイルライダーズでも6試合に出場し、防御率1.29、8奪三振、1セーブを記録した[31]。11月6日、フリーエージェントになった[32]。
2024年2月12日、ヤンキースとマイナー契約を結び直した[33]。スクラントン、サマセット、ルーキーレベルのフロリダ・コンプレックス・リーグ・ヤンキースに31試合(先発3試合)に登板し、39回1/3で51奪三振、3セーブを記録し、6勝3敗、防御率3.66を記録した。11月4日にフリーエージェントになった[34]。
ブルワーズ傘下時代
2025年1月21日、ミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約をした[35]。AAA級ナッシュビル・サウンズで48試合に登板し、58回1/3で64奪三振、6セーブを記録し、3勝4敗、防御率3.39を記録した。11月6日に、フリーエージェントになった[36]。
ヤクルト時代
2025年11月26日に、東京ヤクルトスワローズと契約した[37]。背番号は62[37]。1年契約で推定年俸は60万ドル(約9400万円)[3]。
2026年は、7月9日の広島東洋カープ戦でウォルターズが7回無安打で抑えた後に登板し、三者凡退に抑えた。9回はキハダが無安打で抑えたことでプロ野球史上初となる外国人投手の継投によるノーヒットノーランを達成した[38]。