ヘリ人
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ヘリ人(ヘリじん、ジョージア語: ჰერები、ジョージア語ラテン翻字: herebi)は、古代のカルトヴェリ系の部族(ヘリ人、スジ人、チルビ人、ルビニ人)の総称である。ヘリ人は古代からイオリ川・アラザニ川の流域に居住していた。ジョージアの古い史料では、ヘリ人の名にちなんで、ヘリ人の住む地域全体をヘレティと言及している。ヘリ人は、統一されたジョージア民族の形成に重要な役割を果たした。
| ჰერები | |
|---|---|
| 居住地域 | |
| ヘレティ | |
| サインギロ | |
| 関連する民族 | |
| カルトヴェリ人 | |
ギオルギ・メリキシヴィリやダヴィト・ムスヘリシヴィリなどの見解によれば、ヘリ人は古典古代の時代、カフカス・アルバニアの部族連合に属していたとされる。
中世のジョージア語史料において、ヘレティはしばしば「ラニ」(ジョージア語: რანი、ジョージア語ラテン翻字: rani)と称され、ヘリ人は「ランタ」(ジョージア語: რანთა、ジョージア語ラテン翻字: ranta、「ラン人」の意)と言及される。これは、ヘレティがかつてのカフカス・アルバニア王国(ジョージア語名:ラニ)の領域と重なっていたことに由来する。中世のジョージア王(バグラト3世以降)の公式称号には、必ず「ラン人の王」(ジョージア語: რანთა მეფე、ジョージア語ラテン翻字: ranta mepe)が含まれており、これは王権がヘレティ地方を統治していることを象徴していた。
20世紀後半以降、サインギロに居住するジョージア人たちは、自らを「インギロイ」と呼ばなくなり、「ヘリ」(ジョージア語: ჰერი、ジョージア語ラテン翻字: heri)あるいは「ヘレリ」(ジョージア語: ჰერელი、ジョージア語ラテン翻字: hereli)という名称を定着させている。これは、このサインギロの地域が15世紀まで「ヘレティ」という名称を冠していたことに由来する[1]。
関連項目
- ヘレティ
- ヘレティ王国
- ヘレティ公国
参考文献
- პაპუაშვილი თ., カルトリ・ソビエト百科事典, 第11巻, 628頁, トビリシ, 1987年.
- Berdzenishvili, Nikoloz (1966). “აღმოსავლეთ კახეთის წარსულიდან”. საქართველოს ისტორიის საკითხები. Vol. 3. Tbilisi: მეცნიერება.
- Papuashvili, Tigran (1970). ჰერეთის ისტორიის საკითხები. Tbilisi: მეცნიერება.