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ヘルシンキ大学

フィンランドの大学 From Wikipedia, the free encyclopedia

ヘルシンキ大学(ヘルシンキだいがく フィンランド語: Helsingin yliopisto、スウェーデン語: Helsingfors universitet)は、フィンランドのヘルシンキにある大学。フィンランド最古にして最大の規模を誇り、広い範囲にわたる多くの履修プログラムを有する。国際大学ランキングでは、常に100位以内に位置している。略称はUH。

モットー 芬: Opiskelu ja opettaminen – yliopiston sydän[2]
勉学と教育 - 大学の核心
モットー (英語) Studying and teaching - The heart of a university
種別 公立
設立年 1640年 (386年前) (1640)
概要 モットー, モットー (英語) ...
ヘルシンキ大学
フィンランド語: Helsingin yliopisto
スウェーデン語: Helsingfors universitet
ラテン語: Universitas Helsingiensis[1]
モットー 芬: Opiskelu ja opettaminen – yliopiston sydän[2]
勉学と教育 - 大学の核心
モットー (英語) Studying and teaching - The heart of a university
種別 公立
設立年 1640年 (386年前) (1640)
資金 約€20億
総長 Kaarle Hämeri
学長 Sari Lindblom[3]
職員数
8,120(2020年[4])
学生総数 31,600人(2020年総計[4])
学部生 16,090人(2020年内訳[4])
大学院生 10,673人(同上)
博士課程在籍者
4,548人(同上)
所在地 フィンランド
ヘルシンキ
北緯60度10分10秒 東経024度57分00秒
キャンパス 都市部
スクールカラー     黒と白[5]
| ユトレヒト・ネットワーク(英語版) | エウロペウム(英語版) | 北極大学(英語版) | UNAエウローパ(英語版)
公式サイト www.helsinki.fi/en
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大学本館

2022年時点の在籍数は大学院生1万673人を含めておよそ3万1000人[6]、11学部と研究機関11件で単位を履修し学位を修める[4]。

2005年8月1日よりボローニャ・プロセスと呼ばれるヨーロッパ規模の教育政策の基準を採用し、学士号、修士号、上級修士号及び博士号を授与している。

ヨーロッパ研究大学連盟(LERU)の創設を支えた名門であり、UNICA(英語版)(欧州首都大学連盟[注 1])、ユトレヒト・ネットワーク(英語版)、エウロペウム(英語版)、北極大学(英語版)、UNAエウローパ(英語版)の加盟校で、質の高い研究に重きを置いている。履修できる学位は学士号、修士号、上級修士号(英語版)、博士号である[7]。学位履修課程に入学するには、学士号の場合は通常、入学試験を受け、修士号および大学院の学位はそれまでに取得した学位の成績によって決まる。

授業は法律に従いフィンランド語とスウェーデン語の2言語で行われる。フィンランド国内ではスウェーデン語は公用語でありながら話者は少数派であり、大学でもフィンランド語話者が大多数である。修士、上級修士、博士課程では英語で行われる授業が多く、事実上、授業で第3言語として扱われてきた。

上述のように国境を越えた大学の多種の連携に参加し、また世界福祉に貢献する学府として国外からも財政支援が寄せられる。一例として、がん原遺伝子と乳がん治療の研究資金は2021年9月、アメリカ合衆国の国防総省から520万ドル(およそ440万ユーロ)の資金提供を認められた[8]。

1883年に創立されたヘルシンキ大学男声合唱団[注 2]は、シベリウスの大多数の男声合唱曲の初演にたずさわるなど、同国の合唱界を牽引しつづける団体の1つである[9]。常任指揮者パシ・ヒュオッキは父の後を継いで2010年に就任した[10][11]。海外公演および作曲家への委嘱活動も盛んに行っており、間宮芳生[12]、湯浅譲二[14]は同合唱団の日本公演[15][16][17][18]のために作品を提供している。

歴史

スウェーデン統治下の1640年、スウェーデン女王クリスティーナによってトゥルクに王立オーボ・アカデミー(典: Åbo Kungliga Akademi、芬: Turun akatemia、英: The Royal Academy of Turku、オーブ大学[19])が設立された。フィンランドの旧首都トゥルク(芬: Turku、典: Åbo)に建ち、フィンランド最古の大学である。

1809年、フィンランドがロシア帝国下のフィンランド大公国となると、トゥルク帝国アカデミー(英: Imperial Academy of Turku、帝国トゥルクアカデミー[19])と改称される。所在地のトゥルクは1812年に首都の座をヘルシンキに譲っており、1827年の大火(英語版)に被災した同学は首都への転出を決めるとロシア皇帝アレクサンドル1世に支援された。この時に、大学名をフィンランド・アレクサンドル帝国大学に改称した[19]。

1917年、フィンランド独立と共に名称は現在のヘルシンキ大学となった。

キャンパス

ヘルシンキ大学は4つのメイン・キャンパスを構える。

著名な卒業生

脚注

外部リンク

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