ヴィルヘルム・フォン・トロタ(1725年没)とアンナ・エリーザベト・フォン・ヴィルデマンの間の娘。バルト・ドイツ人の貴族家門トロタ・ゲナント・トライデン家(ドイツ語版)の出身。1720年クールラント公未亡人アンナ・イオアノヴナの女官となり、1723年主君の寵臣・愛人だったエルンスト・ヨハン・フォン・ビロンと結婚。アンナが2人を結婚させたのは、自分とビロンの男女関係を隠すためだったと言われる[1]。
1730年主君アンナがロシア女帝の座につくと、夫と共に女帝に随行しロシア宮廷入りする。ベニグナは女官としても妻・母としても有能で勤勉だったが、ロシア民衆からは高慢で、気性が荒く、痘痕面の醜女だと中傷された。アンナ女帝はビロン夫妻に寵遇の証として莫大な金、衣装や宝石を贈っただけでなく、1737年にはクールラント公爵領をも授与した。クールラント公爵夫人となったベニグナは聖エカテリーナ勲章(英語版)を授与された。
主君アンナ女帝の死後、ビロン夫妻は失脚してシベリアで長い捕囚生活を送るが、1763年ピョートル3世の計らいでクールラント公爵位に復帰、同公国の首都ミタウに帰ることができた。
公爵夫人ベニグナは素人画家そして刺繡作家としての才能に恵まれ、彼女が娘と一緒に織った絹製のタペストリーはミタウの公爵宮殿(英語版)に飾られた。また文才もあった彼女は、1777年モスクワでドイツ語の宗教詩集『十字架を背負いし偉大な女たち(Eine große Kreuzträgerin)』を出版している。
夫との間に3人の子があった。