ベラルーシ共産党
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| ベラルーシ共産党 Коммунисти́ческая па́ртия Белару́си Камуністы́чная па́ртыя Белару́сі | |
|---|---|
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| 党第一書記 | セルゲイ・シランコフ |
| 成立年月日 | 1996年11月2日 |
| 前身政党 | ベラルーシ共産党(Партыя камуністаў беларуская) |
| 本部所在地 | ミンスク・チチェリーナ通り |
| 下院議席数 |
7 / 110 (6%) |
| 共和国評議会議席数 |
17 / 64 (27%) |
| 地方議会 |
309 / 18,110 (2%) |
| 党員・党友数 |
6000 (2011年) |
| 政治的思想 |
共産主義 マルクス・レーニン主義 ソビエト民族主義 親ルカシェンコ |
| 政治的立場 | 極左 |
| 機関紙 | 共産主義ベラルーシ |
| 国際組織 | 共産党・労働者党国際会議 |
ベラルーシ共産党(ロシア語:Коммунисти́ческая па́ртия Белару́си、ベラルーシ語:Камуністы́чная па́ртыя Белару́сі)は、ベラルーシの共産主義政党である[1]。
1996年に新生ベラルーシ共産党から分離して結党され、議会におけるアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の支持基盤となっている。2000年の選挙から2019年の選挙まで国民議会における比較第一党。現在の党首はセルゲイ・シランコフ。
ベラルーシ共産党(Камуністы́чная па́ртыя Белару́сі = KPB)は、1996年に新生ベラルーシ共産党(Партыя камуністаў беларуская = PKB)の親ルカシェンコ派が分離して結党した政党である。
前身の旧ベラルーシ共産党(Камуністычная партыя Беларусі = 旧KPB)は、1918年にボリシェヴィキの一派としてスモレンスクで結成され、白ロシア地域を中心に、時にはリトアニアやモスクワなどで活動し、1991年8月25日に解散された[2]。この後継政党はPKBであるとされたが、1996年の第33回KPB党大会でKPBの復古が宣言され、このベラルーシ共産党が誕生した。
2006年、KPBはPKBとの合併を提案したが、PKB側はこれを拒否した。PKBの議長セルゲイ・カリャキンによれば、いわゆる両党の「再統一」は野党PKBを排除するための陰謀だったと述べた[3]。2009年にPKBはベラルーシ左翼党「公正な世界」と名を変えて活動を続けたが、2023年に非合法化されたため解散された。
KPBの主要な外交政策目標は、ベラルーシ=ロシア連合国家の発展を通じて国家安全保障を強化すること、ならびに、自発的に再構築される連邦諸国の段階的な再統合を通じて、スラブ地域の政治的・経済的独立性を強化することである。
KPBは、共産党連合―ソビエト連邦共産党および国際共産主義者・労働者党会議のメンバーである。同党は、旧ソ連諸国および世界各地の共産党と、PKBよりもはるかに強い関係を維持していた。
一方のPKBは欧州の左派政党と関係を持ち、左翼ポピュリズム的立場へと(比較的)穏健化しつつ、ソ連愛国主義的立場を維持し続けた。
KPBは2020年から2021年にかけての抗議運動に際してもルカシェンコ政権支持の立場を表明した[4]。