ベルトランはフランスのケルシー地方のカンブリで生まれた。1312年以降、アキテーヌ地方の地方長官を務め、フランシスコ会スピリチュアル派(フラティチェリ)の主な反対者のひとりとなった。1317年から1318年にかけて、ベルナール・ギーとともに教皇ヨハネス22世の外交使節を務めた。その後、ペトロ・オリヴィの異端審問への協力を依頼された。1320年、ベルトランはサレルノ大司教、次いでサン・ヴィターレ枢機卿に任命された。1323年にはトゥスクルム枢機卿司に任命された。
1328年、ミケーレ・ディ・チェゼーナ(英語版)がフランシスコ会総長を罷免された後、ヨハネス22世の命により、ベルトランはフランシスコ会の総代理を務めた。
ベルトランは「名高き博士」の異名で呼ばれた。