ベルナール2世 (オーヴェルニュ伯)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ベルナール2世 Bernard II | |
|---|---|
| オーヴェルニュ伯 | |
|
| |
| 在位 | 864/872年 - 886年 |
| 出生 |
841年3月22日 フランク王国、ユゼス |
| 死去 |
886年 |
| 配偶者 | エルマンガルド |
| 子女 |
ギヨーム1世 アデリンダ |
| 家名 | ギレム家 |
| 父親 | セプティマニア辺境伯ベルナール |
| 母親 | ドゥオダ |
ベルナール2世(フランス語:Bernard II Plantevelue/Plantapilosa, 841年3月22日 - 886年[1])は、オーヴェルニュ伯(在位:864/872年 - 886年)、オータン伯、セプティマニア辺境伯。セプティマニア辺境伯ベルナールとドゥオダの子。885年にフランク王カール3世よりアキテーヌ侯の地位を与えられた。
母ドゥオダによって書かれた『手引書(Liber Manualis)』によると、ベルナールはルートヴィヒ1世の死の翌年、ユゼスで生まれた。
868年より前にセプティマニア辺境伯に任ぜられた。また、857年から868年までブリウドの在俗修道院長をつとめた。しかし876年までにはベルナールは位を剥奪され、代わってベルナール・ド・ゴティがセプティマニア辺境伯となった。その後ベルナールは再びカール3世のもとに戻り、プロヴァンス王ボソとの戦いにおいてマコン伯領を手に入れた。
子女
ベルナールはエルマンガルド(オーヴェルニュ伯ベルナール1世もしくはゲラン・ド・プロヴァンスの娘)と結婚し、少なくとも以下の2人の子女をもうけた。