ベレーナ・ベンテレ

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フルネームVerena Bentele
国籍ドイツの旗 ドイツ
家族兄弟2人
ベレーナ・ベンテレ
ベレーナ・ベンテレ(2014年5月19日)
個人情報
フルネームVerena Bentele
国籍ドイツの旗 ドイツ
生誕 (1982-02-28) 1982年2月28日(43歳)
西ドイツの旗 西ドイツバイエルン州リンダウ
家族兄弟2人
スポーツ
ドイツの旗 ドイツ
競技バイアスロンクロスカントリースキー
引退2011年11月
獲得メダル
パラリンピック
バイアスロン
1998女子7.5km/B1
2002女子7.5km/視覚障害
2006女子7.5km/視覚障害
2006女子12.5km/視覚障害
2010女子3kmパシュート/視覚障害
2010女子12.5km/視覚障害
クロスカントリースキー
1998女子3×2.5km/オープン
1998女子5kmクラシカル/B1
1998女子5kmフリー/B1
2002女子5kmクラシカル/B1
2002女子10kmフリー/B1-2
2002女子15kmフリー/視覚障害
2006女子5km/視覚障害
2010女子5km/視覚障害
2010女子1kmスプリント/視覚障害
2010女子15km/視覚障害

ベレーナ・ベンテレVerena Bentele, 1982年2月28日-)は、ドイツの元パラノルディックスキー(バイアスロンクロスカントリースキー)選手(視覚障害、B1クラス)。2018年5月からはドイツの社会政治擁護団体ドイツ語版(Sozialverband VdK)の理事長を務めている[1]


バイエルン州リンダウに生まれ、バーデン=ヴュルテンベルク州ボーデンゼー郡テトナング英語版で育つ[1]。兄のマイケルと共に先天盲である[2]

盲学校在学中にノルディックスキーを始める。なお、兄のマイケルはトリノパラリンピック、ソルトレークシティパラリンピックに参加している[3]

ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンにおいて現代ドイツ文学を専攻し(副専攻として言語学と教育学)、2011年に修士号を取得した[4]

2011年11月に選手からの引退を発表した[5]。引退後はコーチとしてのトレーニングを受けた。

2013年にはキリマンジャロに登頂した。その際、近隣のメルー山に視覚障害者として初めて登頂した[6]

競技成績

1998年に16歳で長野パラリンピックに出場すると、バイアスロンで金メダル、クロスカントリースキーで銀メダル2つと銅メダル1つを獲得した。その後、2002年のソルトレークシティパラリンピックでは金メダル4つを、2006年のトリノパラリンピックでは金メダル2つと銅メダル1つを獲得した[7]

2009年のドイツ選手権では、ガイドの間違った指示によって溝に落ちる事故に遭い、膝・指・肝臓・腎臓を負傷する大怪我を負った[5]。しかし、わずか1年後の2010年に行われたバンクーバーパラリンピックでは、5種目で金メダルを獲得する活躍を見せた。

政治・社会活動

2010年6月には、バーデン=ヴュルテンベルク州社会民主党(SPD)からの推薦で連邦大統領を決める第14回連邦会議の選挙人となった。2012年3月に行われた第15回連邦会議、2017年2月に行われた第16回連邦会議にも同党からの推薦で選挙人として参加した。2012年にはSPDに参加した。

2014年1月には第3次メルケル内閣アンドレア・ナーレス労働・社会大臣により障害者問題に関する連邦政府委員ドイツ語版に任命され[8]、2018年まで務めた[9]

2014年3月にはミュンヘン市議会議員選挙にSPDから立候補して当選したが[10]、先の連邦政府委員の負担を理由に辞任した[11]

2017年からドイツ体育大学ケルンの大学評議会のメンバーである[12]

2007年から社会政治擁護団体(Sozialverband VdK)のメンバーであり、2015年からバイエルンの地域委員会のメンバーを務めた。2018年5月にはウルリケ・マッシャードイツ語版の後任として理事長に就任した[1]

受賞等

脚注

外部リンク

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