国際ペンクラブ
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国際ペンクラブ(こくさいペンクラブ、PEN International、2010年までInternational PEN[1])は、文学を通じて作家間の友情と知的協力を促進し、表現の自由を擁護する世界的なNGO。日本では国際ペンやペンと呼ばれることが多い。
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PEN Internationalのロゴ | |
| 創立者 | キャサリン・エイミー・ドーソン・スコット |
|---|---|
| 団体種類 | NGO |
| 設立 | 1921年10月5日 |
| 所在地 |
イギリス、ロンドン、サザーク区 北緯51度30分17秒 東経-0度5分31秒 |
| 起源 | トゥモロー・クラブ(1917年) |
| 主要人物 | ブルハン・ソンメズ(会長)、Ma Thida(Writers in Prison Committee議長) |
| 活動地域 | 世界100か国以上 |
| 主眼 | 文学の促進、表現の自由の擁護、作家間の国際的協力 |
| 活動内容 | 文学イベント、迫害された作家の支援、言論の自由キャンペーン |
| 活動手段 | ペンセンター、キャンペーン、出版 |
| 子団体 | 100以上のペンセンター(例:日本ペンクラブ、ウクライナPEN) |
| 標語 | 「文学に国境はない」 |
| ウェブサイト |
www |
| UNESCOと正式な諮問関係、国連経済社会理事会の特別諮問資格 | |

概要
沿革
第一次世界大戦後の1921年10月5日、イギリスの女性小説家キャサリン・エイミー・ドーソン・スコットがロンドンのフローレンス・レストランで国際ペンクラブを設立[4]。初代会長はジョン・ゴールズワージーで、ジョセフ・コンラッド、ジョージ・バーナード・ショー、H・G・ウェルズらが初期メンバーだった。前身は1917年の「トゥモロー・クラブ」(新人作家のクラブ)。
設立の目的は、戦争の再発防止、表現の自由の確立、国境を越えた作家の連帯だった。日本では満州事変後の国際的孤立を背景に、1935年に日本ペンクラブが設立されたが、対米英開戦で追放され、1947年に復帰[5]。1957年、川端康成が副会長として東京で大会を開催。2003年、堀武昭が日本人初の理事、2010年に非欧米人初の専務理事に就任。
構造
憲章
国際ペンの憲章は、国際会議で採択された決議に基づく[8]:
- 文学は国境を知らず、政治的・国際的動乱にもかかわらず人々の共通通貨であり続ける。
- いかなる状況下、特に戦時中、芸術作品は国家や政治的激情に触れられず、人類全体の遺産として保護される。
- ペンのメンバーは、国民・人々の相互理解と尊重を促進し、全ての憎悪を払拭し、一つの世界で平和かつ平等に生きる人類の理想を擁護する。
- ペンは、各国および国々の間で思想の自由な伝達を支持し、所属する国・地域および世界全体での表現の自由の抑圧に反対する。平和時の自由な報道を支持し、恣意的な検閲に反対する。
活動
国際ペンは文学イベントの開催、文学賞の授与、迫害された作家の支援を行う。特に以下の活動が顕著:
Writers in Prison Committee
1960年設立の「Writers in Prison Committee」は、迫害された作家を支援[9]。毎年約900人の投獄、拷問、脅迫、失踪、殺害された作家を監視し、年2回のケースリストを公開[10]。キャンペーンを通じて表現の自由の抑圧に対抗する。議長はMa Thida[11]。
同委員会はIFEXの創設メンバーであり、90のNGOと連携して検閲や迫害を監視[12]。また、チュニジア監視グループ(TMG)に参加し、2005年以降、チュニジアの人権改善を支援[13]。
2016年、国際ペンはFreemuseやイランの人権団体と協力し、イランで投獄された音楽家(メフディ・ラジャビアン、ユセフ・エマディ)と映画監督(ホセイン・ラジャビアン)の釈放を求めた[14]。
地域ペンセンター
国際ペンは100か国以上のペンセンターを持ち、各国で自主的に運営される。主要なセンター:
- 日本ペンクラブ(1935年設立、1947年復帰)
- ウクライナPEN(1989年設立):アンドレイ・クルコフ(2018年~会長)らが所属。政治犯(例:オレグ・センツォフ)の支援、ウクライナ文学の国際発信を行う[15]。2022年ロシアのウクライナ侵攻では、戦争中の文化保護と作家支援を強化[16]。
- English PEN(1921年設立、ロンドン)
- PEN America(ニューヨーク)
- PEN Canada(トロント)
歴代会長
| 代 | 出身国 | 会長 | 在任 |
|---|---|---|---|
| 1 | ジョン・ゴールズワージー | 1921–1932 | |
| 2 | H・G・ウェルズ | 1932–1935 | |
| 3 | ジュール・ロマン | 1936–1939 | |
| 戦時国際会長委員会(1941–1947):デニス・ソラ、H・G・ウェルズ、Hermon Ould、フランソワ・モーリアック、胡適、ソーントン・ワイルダー、E・M・フォースター、イニャツィオ・シローネ | |||
| 4 | モーリス・メーテルリンク | 1947–1949 | |
| 5 | ベネデット・クローチェ | 1949–1953 | |
| 6 | チャールズ・モーガン | 1954–1956 | |
| 7 | アンドレ・シャンソン | 1957–1959 | |
| 8 | アルベルト・モラヴィア | 1960–1962 | |
| 9 | ビクター・ファン・フリースランド | 1963–1965 | |
| 10 | アーサー・ミラー | 1966–1969 | |
| 11 | ピエール・エマニュエル | 1970–1971 | |
| 12 | ハインリヒ・ベル | 1972–1973 | |
| 13 | ビクター・プリチェット | 1974–1976 | |
| 14 | マリオ・バルガス=リョサ | 1977–1979 | |
| 15 | ペール・ヴェストバリ | 1979–1986 | |
| 16 | フランシス・キング | 1986–1989年5月 | |
| 17 | ルネ・タベルニエ | 1989年5月–11月 | |
| 暫定 | ペール・ヴェストバリ | 1989年11月–1990年5月 | |
| 18 | ゲオルギュー・コンラッド | 1990–1993 | |
| 19 | ロナルド・ハーウッド | 1993–1997 | |
| 20 | ホメロ・アリディス | 1997–2003 | |
| 21 | イジ・グルーサ | 2003–2009 | |
| 22 | ジョン・ラルストン・ソウル | 2009–2015 | |
| 23 | ジェニファー・クレメント | 2015–2021 | |
| 24 | ブルハン・ソンメズ | 2021– | |
著名なメンバー
- ホメロ・アリディス(名誉会長)
- マルガレット・アトウッド
- ハインリヒ・ベル
- ジョルジュ・ルイス・ボルヘス
- カレル・チャペック
- J・M・クッツェー
- ジョセフ・コンラッド
- ナディン・ゴーディマ
- トーマス・マン
- アーサー・ミラー
- トニ・モリスン
- オクタビオ・パス
- ハロルド・ピンター
- J・K・ローリング
- ジョージ・バーナード・ショー
- ウィリアム・スタイロン
記念碑
- キャンベラ(オーストラリア):バーリー・グリフィン湖畔の記念樹林。銘文は「専制に沈黙する者全てに魂の死がある」(1997年11月17日開設)[17]。
- ロンドン:英国図書館前の彫刻「Witness」(アントニー・ゴームリー作)。投獄された作家を象徴する空の椅子(2011年12月13日公開、English PEN90周年記念)[17]。