ホボロ島
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豊田郡安芸津町に属していたが、2005年2月7日に東広島市に編入されたため、現在は東広島市に属している。地元でホボロと言われる竹かごをひっくり返したような形をしていることから、この名が付けられた。
地元では、嫁入りしてきたこの島が、松の木や周囲の島の励ましにもかかわらず、すこしずつやせ細っているという伝説[1]があり、実際に年々小さくなっている。昭和中期に国土地理院が発行した地形図によれば、昭和3年に発行された地図には島の高さは21.9mと標記されており[2]、島名の由来になった「竹籠」のような小山であったが、21世紀初頭時点では満潮時に岩が顔をのぞかせるのみである。
この急速な景観の変化の原因は、島を構成する凝灰岩がワラジムシ目コツブムシ科のナナツバコツブムシによって島の表面を削って穴が開けられ、徐々に体積が減少していくという生物侵食を受けているためであることが、広島大学名誉教授沖村雄二の調査により明らかになった[2]。島は、2007年時点では高潮位時で6mに過ぎず[2]、100年後には島自体が消滅してしまうとも言われている[3]。
