ホールタウン
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| ホールタウン Holetown | |
|---|---|
町内のハイウェイ1号線(2010年撮影) | |
| 位置 | |
| 座標 : 北緯13度11分12秒 西経59度38分17秒 / 北緯13.18667度 西経59.63806度 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 行政教区 | セント・ジェームズ教区 |
| 町 | ホールタウン |
| 人口 | |
| 人口 | (2013年現在) |
| 町域 | 1,639人 |
| 備考 | [1] |
| その他 | |
| 等時帯 | 大西洋標準時 (UTC-4) |
| 市外局番 | +1 246 |
ホールタウン(英語: Holetown)は、バルバドスのセント・ジェームズ教区の町。島の西海岸に位置する。旧称はジェームズタウン(James Town)。1627年から1628年頃までは首都であった[2]。人口は1,639人(2013年推計[1])。

1625年5月14日、ジョン・パウエルが船長を務める「オリーブの花」号は、南アメリカ大陸からイングランド王国へ向かう途中に現在のホールタウンに立ち寄った。1627年2月17日、ジョン・パウエルの弟ヘンリーは、貿易商William Courtenとおよそ80人の乗組員と共にジョンと同じ地点に再上陸した。彼らはバルバドス初となる入植地を建設し、当時の国王ジェームズ1世にちなみジェームズタウンと名付けた[3]。しかし島への最初の上陸を記念して建てられた記念碑には、1605年と誤って記録されている[4]。1977年以降、ホールタウンでは入植者の上陸を記念してバルバドス・ホールタウン・フェスティバルが開催されている。
ジェームズタウンにはバルバドス初となる5つのプランテーション、大きな要塞、司法府、総督官邸が建設され、首都としての役割を担った。またブリストル、ロンドン、ボストンとの大西洋横断貿易にも関わっていたが、後にボストンとの貿易は違法となった。次に総督となった初代カーライル伯爵ジェームズ・ヘイが島の南側に新たな入植地の建設を決定し、1628年頃にインディアンブリッジ(現在のブリッジタウン)へ移ったことで[2]、ジェームズタウンは首都の地位を失った。
ジェームズタウンは後にホールタウンに改称された。イギリス人の船乗りは、海に流れ込む川がテムズ川のライムハイス・ホール(Limehouse Hole)を連想させたことから、ホールタウンと名付けたと言われている[5]。
1954年、マギル大学のベレアーズ・リサーチ・インスティテュートが設立された。
地理
1984年道路交通規則 第六付則によると、ホールタウンの範囲は「ハイウェイ1号線(旧ウェスト・コースト・ロード)のうち、ラスセルズ・ロード(Lascelles Road)との交差点から、トレンツ・ロード(Trents Road)との交差点までの区間」と定義されている[6]。