カンガルーがボクシングをするという発想は、カンガルー同士が戦ったり身を守ったりする際の振る舞いから来ている。カンガルーは前脚を使って相手をその場におさえ、長い後脚を使って相手を蹴ったり、後脚の爪で引っかいたりする。これは、人間にはカンガルー同士があたかもボクシングをしているように見える。
ボクシングをするカンガルーの絵は、少なくとも1891年には登場している。この年、シドニーの新聞に「戦うカンガルー・ジャックとレンダーマン教授」という一コマ漫画が掲載されている[2]。この漫画のもとになったのは、19世紀後半にオーストラリア内陸のアウトバックの町々を巡回していた、カンガルーと人間がボクシングで戦うという見世物であった[3]。1895年には、ドイツの発明家マックス・スクラダノフスキー(Max Skladanowsky)が監督したサイレント映画『カンガルーのボクシング試合』(Das Boxende Känguruh)が、1896年にはイギリスの発明家バート・エーカーズ(Birt Acres)が製作したサイレント映画『ボクシング・カンガルー』(The Boxing Kangaroo)が公開され、どちらにもカンガルー対人間のボクシングが登場している。ボクシングをするカンガルーは世界的に人気を博し、1920年の短編アニメーション映画『The Boxing Kangaroo』、1935年のディズニーの短編映画『ミッキーとカンガルー』などにも登場している。カンガルーはボクシングをする生き物、というクリシェがこうして定着した[4]。
第二次世界大戦では、ボクシング・カンガルーはオーストラリア空軍(RAAF)の象徴となった。1941年頃、シンガポールとイギリス領マラヤに拠点を置いていたRAAF第21飛行中隊は、イギリス軍機との区別のため、機体にボクシンググローブをはめたカンガルーの姿をステンシルで赤く塗った。これが他の部隊にも広がり、オーストラリア海軍の艦船にまでボクシング・カンガルーが描かれるようになった。
ボクシング・カンガルーがオーストラリアのスポーツの象徴になったのは1983年であった。この年、国際ヨットレースのアメリカスカップで、挑戦者オーストラリアのヨット「オーストラリア II」が、優勝を132年に渡って死守してきたアメリカのヨットを破り、世界に衝撃を与えた。「オーストラリア II」は、このレースで、緑地に赤いグローブをはめた金色のカンガルーという、後に広く使われることになる旗を掲げて戦った。同艇のオーナーでパースを拠点とする大富豪のアラン・ボンドがこの旗の図像を所有しており、ボクシング・カンガルーの旗の生産に当たってライセンスを与えてきた。後にオーストラリアオリンピック委員会がこの図像を買い取り[5]、オリンピックのオーストラリア選手団のマスコットキャラクターとして、また各地の学校でスポーツのフェアプレーを広報するキャラクターとして使われている[6][7]。
2010年バンクーバーオリンピックでは、オーストラリア選手団の選手たちが、選手村のアパートのバルコニーから垂れ下げた高さ二階分のボクシング・カンガルーの旗をめぐって論争が起こった[5]。国際オリンピック委員会(IOC)は、この旗は商標として登録されていると考え、(商標を持っているのは非営利団体のオーストラリアオリンピック委員会であるにもかかわらず)商業主義的であるとして選手たちに旗の撤去を要請した[7]。これに対してオーストラリア国内からは選手およびボクシング・カンガルーの旗を擁護する声が上がった。ジュリア・ギラード副首相(Julia Gillard)はIOCの要請を「ばかばかしい」と一蹴して憤りをみせた[7][5]。IOCのジャック・ロゲ会長とオーストラリアオリンピック委員会のジョン・コーツ会長は話し合いを行い、ボクシング・カンガルーの旗は撤去しなくて良いという結論に達した[8]。